魔法が解けた、その後も
10
これから喫煙問題で学校が騒がしくなるであろうこと、その現場に居合わせてしまったこと、そこへ突如沼田が現れ、思い込みの激しい彼に見付かれば犯人扱いされると思い咄嗟に隠れたこと。思い切って、全てを打ち明けた。
そして、これはどうしようか迷ったけど、具体的な名前を上げた方がより信憑性が増すと判断し、喫煙していたメンバーの中に、C組の西本さんがいたことも明かさせてもらった。
美濃部さんはときどき、そんなに洗いざらい白状して大丈夫? そう言いたげな眼差しを投げかけてきたけど、私はその都度強く頷き返した。この先生なら、きっと大丈夫。
「私たちは、今の時間授業をサボってしまっています。クラスにいないことで、恐らく沼田先生から、何をしていたんだと訊かれることになると思います。だから、昼休みが始まってすぐに具合が悪くなり、二人でここへ来たということにしてもらえないでしょうか?」
私も美濃部さんも、ずっとあのトイレに閉じ籠っていたのだ。場所が保健室に変わっただけのこと。
「うーん……」
だけど先生は、難しそうな顔をして腕を組む。
「君たちの言っていることが、仮に本当だったとしよう。けど、それを裏付ける証拠がない。確認の取りようがない事柄を全面的に信用して、アリバイ作りの片棒を担ぐことは、悪いけどできない、かなぁ……」
歯切れ悪く、申し訳なさそうに頭を掻いた。
確かに普通に考えれば、沼田が嫌いでもそれは別問題。
きちんとした先生だということが、反って裏目に出たようだ。やっぱり悪手だっただろうか。
「でも、そうだね、喫煙が騒ぎになったら、C組の生徒が実験棟付近で昼休み目撃されたという情報があったと報告してみる。勿論出所は明かさない。あくまで噂って形にする。
取り急ぎC組に、抜き打ちで持ち物検査を実施してみたらどうかって提案してみるよ。沼田先生に言っても恐らくは鼻で嗤われるだけだろうから、教頭先生にでも掛け合ってみよう。それで実物が出てくればこの話は解決だ。どうかな?」
それは願ってもない申し出だった。でも――
「もう捨てちゃってたり、発見されなかったら?」
そう、そうなのだ。私もそれを危惧していた。
「どうしようね」
苦笑する影森先生。だけど暫く考えて、そしてもう一度口を開いた。
「西本さんもさ、自分があそこにいたとは思われたくないと思うんだよ。君たちはその校章の色、A組だろ?」
そう言って、襟元で鈍く光る、学年を示すローマ数字のⅠの隣に付けられている校章を指差した。
西紅は、学年ではなく、クラスで色分けされている。
「対して彼女はC組。素行の善し悪しで言えば、君たちに軍配が上がるだろう。だから彼女は君たちを沼田先生にチクるなんてことは、よっぽど馬鹿じゃなければしない。それをしたら自分もそこにいたと白状したようなもんだからね。まあ匿名って手もあるかもしれないけど、そこまでリスクを冒す必要性を感じないかな」
「でもそれだけじゃ、私たちのアリバイは成立しません」
「うん、だからそこはこうしよう」
先生は席を立つと、扉の横に掛けられているクリップボードを持ってきた。
「ここへ来ると基本的にこの用紙に、学年、クラス、名前を書いてもらうことになってるんだ。で、俺が入室時間と退室時間、それと症状を記入する。でも今日、俺は君たちの体調があまりにも悪そうで、うっかり入室時間を記入し忘れてしまった。
沼田先生に訊かれたら、君たちは君たちで、昼休みからここにいたと主張する。俺は俺で、そうだった気もするがよく覚えていないと言葉を濁す。申し訳ないけど君たちの話しか聞いていない俺は、時間のアリバイに関しては嘘は吐けない。これが、最大の譲歩というか、折衷案かな」
申し訳なさそうに苦く微笑んだけれども、記入のし忘れは職務怠慢。重箱の隅をつつくのが好きそうな沼田にとっては、それが先生の揚げ足を取る格好の材料になってしまうことだろう。先生の案は完全に、私たちが不利にならないようにと考えてくれたものだとすぐに分かった。
ここに来るまでの姿が誰にも見られていなければ、後は私たちが毅然とした態度を貫けばそれで話は終わる、そういう状況にしてくれたのだ。
そして、これはどうしようか迷ったけど、具体的な名前を上げた方がより信憑性が増すと判断し、喫煙していたメンバーの中に、C組の西本さんがいたことも明かさせてもらった。
美濃部さんはときどき、そんなに洗いざらい白状して大丈夫? そう言いたげな眼差しを投げかけてきたけど、私はその都度強く頷き返した。この先生なら、きっと大丈夫。
「私たちは、今の時間授業をサボってしまっています。クラスにいないことで、恐らく沼田先生から、何をしていたんだと訊かれることになると思います。だから、昼休みが始まってすぐに具合が悪くなり、二人でここへ来たということにしてもらえないでしょうか?」
私も美濃部さんも、ずっとあのトイレに閉じ籠っていたのだ。場所が保健室に変わっただけのこと。
「うーん……」
だけど先生は、難しそうな顔をして腕を組む。
「君たちの言っていることが、仮に本当だったとしよう。けど、それを裏付ける証拠がない。確認の取りようがない事柄を全面的に信用して、アリバイ作りの片棒を担ぐことは、悪いけどできない、かなぁ……」
歯切れ悪く、申し訳なさそうに頭を掻いた。
確かに普通に考えれば、沼田が嫌いでもそれは別問題。
きちんとした先生だということが、反って裏目に出たようだ。やっぱり悪手だっただろうか。
「でも、そうだね、喫煙が騒ぎになったら、C組の生徒が実験棟付近で昼休み目撃されたという情報があったと報告してみる。勿論出所は明かさない。あくまで噂って形にする。
取り急ぎC組に、抜き打ちで持ち物検査を実施してみたらどうかって提案してみるよ。沼田先生に言っても恐らくは鼻で嗤われるだけだろうから、教頭先生にでも掛け合ってみよう。それで実物が出てくればこの話は解決だ。どうかな?」
それは願ってもない申し出だった。でも――
「もう捨てちゃってたり、発見されなかったら?」
そう、そうなのだ。私もそれを危惧していた。
「どうしようね」
苦笑する影森先生。だけど暫く考えて、そしてもう一度口を開いた。
「西本さんもさ、自分があそこにいたとは思われたくないと思うんだよ。君たちはその校章の色、A組だろ?」
そう言って、襟元で鈍く光る、学年を示すローマ数字のⅠの隣に付けられている校章を指差した。
西紅は、学年ではなく、クラスで色分けされている。
「対して彼女はC組。素行の善し悪しで言えば、君たちに軍配が上がるだろう。だから彼女は君たちを沼田先生にチクるなんてことは、よっぽど馬鹿じゃなければしない。それをしたら自分もそこにいたと白状したようなもんだからね。まあ匿名って手もあるかもしれないけど、そこまでリスクを冒す必要性を感じないかな」
「でもそれだけじゃ、私たちのアリバイは成立しません」
「うん、だからそこはこうしよう」
先生は席を立つと、扉の横に掛けられているクリップボードを持ってきた。
「ここへ来ると基本的にこの用紙に、学年、クラス、名前を書いてもらうことになってるんだ。で、俺が入室時間と退室時間、それと症状を記入する。でも今日、俺は君たちの体調があまりにも悪そうで、うっかり入室時間を記入し忘れてしまった。
沼田先生に訊かれたら、君たちは君たちで、昼休みからここにいたと主張する。俺は俺で、そうだった気もするがよく覚えていないと言葉を濁す。申し訳ないけど君たちの話しか聞いていない俺は、時間のアリバイに関しては嘘は吐けない。これが、最大の譲歩というか、折衷案かな」
申し訳なさそうに苦く微笑んだけれども、記入のし忘れは職務怠慢。重箱の隅をつつくのが好きそうな沼田にとっては、それが先生の揚げ足を取る格好の材料になってしまうことだろう。先生の案は完全に、私たちが不利にならないようにと考えてくれたものだとすぐに分かった。
ここに来るまでの姿が誰にも見られていなければ、後は私たちが毅然とした態度を貫けばそれで話は終わる、そういう状況にしてくれたのだ。