魔法が解けた、その後も
4.二度目の恋の、その行方
1
「じゃあもうすぐ行なわれる体育祭に向けて、実行委員と種目を決めたいと思います」
来月に迫った体育祭を前に、クラス委員である藤倉君がホームルーム開始と共にそう告げた。
私は勿論板書担当。みんなの前で堂々と話すのは、まだ少し緊張する。
先生は腕を組んで後ろの窓際に座り、みんなを眺めている。全てお前たちに任せた、そんな態度だった。
「じゃあまず実行委員だけど、立候補はいるかな?」
――しーん……
うん、まあそうだと思う。こんな暑い中、放課後残って打ち合わせをしたり、当日色々手配して走り回ったりと、えげつない面倒臭さだ。
大体何故体育祭なのに秋ではないのか、私はまずそこから疑問だ。
一人で首を傾げていると、藤倉君が振り向いた。
「へっ?」
突然のことに驚く。
「月島さん、どうする?」
どうするって、いったい何が?
そんな顔をすれば、苦笑を向けられた。
「聞いてなかったの?」
クラスを見渡すと、みんなが私を見ていてぎょっとしてしまった。この視線の多さには、恐らく慣れることはないと思う。
「ごめん、ちょっとボーッとしてた……」
引きつりそうになりながらも辛うじて答えれば、あちこちから起こる忍び笑い。
「立候補いないから、このままクラス委員がやるか、それともくじ引きにするかって言ってたのよ」
私が困っていると、琴平さんが助け船を出してくれた。
でもその言葉に、私は更にぎょっとしてしまう。
「クラス委員て、体育祭のとき何かやることないの?」
あるでしょ? あるよね? 私の眼差しにはそんな願望が多分に含まれていたと思う。
だからだろう。藤倉君は困ったように笑った。
ああ、何故そんな顔ですら爽やかなんだ。
「特にはないんだ」
でも口からは悲しい宣告。
「くじ引きで」
私が速攻返すと、今度は先生が笑った。
「月島、そんなにやりたくないか?」
「やりたくないですよ」
今度は食い気味に返す。
お前言うようになったなぁ、先生が頭を掻いた。
くじ引きが面倒だからクラス委員に押し付けよう、そんな魂胆が見え見えじゃない。
それに、自分で言うのも悲しいけど、私は運動神経は皆無だ。こういうのは得意な人がなると相場が決まってる。
「藤倉は?」
けんもほろろな私への説得を諦めたのか、矛先は早々に藤倉君へと向いた。
「俺だってやりたくないですよ。けど、まあ本当に誰もいないんならやっても構いません」
優等生の回答……そう思って後頭部を見つめていると、突然それがくるっと反転した。
驚いてチョークを落としそうになる。慌てて握り直し視線を戻すと、私を見つめるその瞳は、とても優しく細められていた。
ドキリとする。
だってその中に、少しだけ宿る彼の意志を見た気がしたから。
私の勘違いが見せる幻だったのかもしれない、だけど――
「美雨、やれば?」
囁き声が、驚くほどはっきりと聞こえた。
「えー?」
まんざらでもなさそうな琴平さん。
「や、やります」
気付いたら私は、そう答えていた。
焦り、そして怯え。
藤倉君に近付く琴平さんの足音、それが思ったよりも近い気がした。
私と藤倉君の距離は、戻る前に比べたら格段に近くなったと思う。でもクラス委員の仕事は、思っていたよりも少なかった。入学したての頃こそ担任に雑務を押し付けられたりと、何かと二人で残って作業することもあったりしたけど、今となってはそれもほとんどない。
告白のタイミングをもしかしたら失してしまったのではないか、最近はそんな焦燥にも駆られる。
何のために戻って来たの? 心の中の自分が、ときどきそう叱責するんだ。
今のところ、藤倉君と琴平さんは取り立てて仲が良いというわけではないように思う。でも二人は同じ部活動に所属している。目に見えていることだけが、二人の全てではないのだ。ちょっとしたことで、劇的に何かが変化してしまう可能性だってある。
だって二人は、私が邪魔をしなければいずれ付き合うことになるのだから――
何としても、それだけは阻止しないといけない。後悔は絶対にしたくない。
体育祭、これはきっと、神様がくれた最大のチャンス。
「ん?」
呟くような小さな声は、先生の耳まで届かなかったようだった。
でも私がもう一度決意を込めて言う前に、藤倉君が口を開いた。
「クラス委員でやります。な?」
最後は私に向かって。
「あ、うん」
私は頷く。そのときに琴平さんと目が合った。
彼女は微笑んでいたけど、その瞳には言いようのない切なさが滲んでいる気がして、だから私は目を逸らしてしまった。
「しゅ、種目はどうする?」
変に思われないように、慌てて話題を切り替える。
「クラスで一つ案を出さないといけないんだけど、何かないかな?」
藤倉君は、私の言葉を受けて一つ頷くと、改めてクラスメイトに投げかけた。
特に怪しまれることなく話が進んだことに、そっと胸を撫で下ろす。
私は、体育祭で一年生の学年種目が、A組が提案した借り物競争になることを知っていたので、その後はひたすら黒板と向き合うことに終始した。
来月に迫った体育祭を前に、クラス委員である藤倉君がホームルーム開始と共にそう告げた。
私は勿論板書担当。みんなの前で堂々と話すのは、まだ少し緊張する。
先生は腕を組んで後ろの窓際に座り、みんなを眺めている。全てお前たちに任せた、そんな態度だった。
「じゃあまず実行委員だけど、立候補はいるかな?」
――しーん……
うん、まあそうだと思う。こんな暑い中、放課後残って打ち合わせをしたり、当日色々手配して走り回ったりと、えげつない面倒臭さだ。
大体何故体育祭なのに秋ではないのか、私はまずそこから疑問だ。
一人で首を傾げていると、藤倉君が振り向いた。
「へっ?」
突然のことに驚く。
「月島さん、どうする?」
どうするって、いったい何が?
そんな顔をすれば、苦笑を向けられた。
「聞いてなかったの?」
クラスを見渡すと、みんなが私を見ていてぎょっとしてしまった。この視線の多さには、恐らく慣れることはないと思う。
「ごめん、ちょっとボーッとしてた……」
引きつりそうになりながらも辛うじて答えれば、あちこちから起こる忍び笑い。
「立候補いないから、このままクラス委員がやるか、それともくじ引きにするかって言ってたのよ」
私が困っていると、琴平さんが助け船を出してくれた。
でもその言葉に、私は更にぎょっとしてしまう。
「クラス委員て、体育祭のとき何かやることないの?」
あるでしょ? あるよね? 私の眼差しにはそんな願望が多分に含まれていたと思う。
だからだろう。藤倉君は困ったように笑った。
ああ、何故そんな顔ですら爽やかなんだ。
「特にはないんだ」
でも口からは悲しい宣告。
「くじ引きで」
私が速攻返すと、今度は先生が笑った。
「月島、そんなにやりたくないか?」
「やりたくないですよ」
今度は食い気味に返す。
お前言うようになったなぁ、先生が頭を掻いた。
くじ引きが面倒だからクラス委員に押し付けよう、そんな魂胆が見え見えじゃない。
それに、自分で言うのも悲しいけど、私は運動神経は皆無だ。こういうのは得意な人がなると相場が決まってる。
「藤倉は?」
けんもほろろな私への説得を諦めたのか、矛先は早々に藤倉君へと向いた。
「俺だってやりたくないですよ。けど、まあ本当に誰もいないんならやっても構いません」
優等生の回答……そう思って後頭部を見つめていると、突然それがくるっと反転した。
驚いてチョークを落としそうになる。慌てて握り直し視線を戻すと、私を見つめるその瞳は、とても優しく細められていた。
ドキリとする。
だってその中に、少しだけ宿る彼の意志を見た気がしたから。
私の勘違いが見せる幻だったのかもしれない、だけど――
「美雨、やれば?」
囁き声が、驚くほどはっきりと聞こえた。
「えー?」
まんざらでもなさそうな琴平さん。
「や、やります」
気付いたら私は、そう答えていた。
焦り、そして怯え。
藤倉君に近付く琴平さんの足音、それが思ったよりも近い気がした。
私と藤倉君の距離は、戻る前に比べたら格段に近くなったと思う。でもクラス委員の仕事は、思っていたよりも少なかった。入学したての頃こそ担任に雑務を押し付けられたりと、何かと二人で残って作業することもあったりしたけど、今となってはそれもほとんどない。
告白のタイミングをもしかしたら失してしまったのではないか、最近はそんな焦燥にも駆られる。
何のために戻って来たの? 心の中の自分が、ときどきそう叱責するんだ。
今のところ、藤倉君と琴平さんは取り立てて仲が良いというわけではないように思う。でも二人は同じ部活動に所属している。目に見えていることだけが、二人の全てではないのだ。ちょっとしたことで、劇的に何かが変化してしまう可能性だってある。
だって二人は、私が邪魔をしなければいずれ付き合うことになるのだから――
何としても、それだけは阻止しないといけない。後悔は絶対にしたくない。
体育祭、これはきっと、神様がくれた最大のチャンス。
「ん?」
呟くような小さな声は、先生の耳まで届かなかったようだった。
でも私がもう一度決意を込めて言う前に、藤倉君が口を開いた。
「クラス委員でやります。な?」
最後は私に向かって。
「あ、うん」
私は頷く。そのときに琴平さんと目が合った。
彼女は微笑んでいたけど、その瞳には言いようのない切なさが滲んでいる気がして、だから私は目を逸らしてしまった。
「しゅ、種目はどうする?」
変に思われないように、慌てて話題を切り替える。
「クラスで一つ案を出さないといけないんだけど、何かないかな?」
藤倉君は、私の言葉を受けて一つ頷くと、改めてクラスメイトに投げかけた。
特に怪しまれることなく話が進んだことに、そっと胸を撫で下ろす。
私は、体育祭で一年生の学年種目が、A組が提案した借り物競争になることを知っていたので、その後はひたすら黒板と向き合うことに終始した。