魔法が解けた、その後も
3
だけどそんなある日、私の心を大いに乱す出来事が起こった。
藤倉君からかけられた言葉に、私は声を失うことになる。
「え……?」
放課後の教室。その日は有志を募って横断幕を作成していた。
「だから、くじ引きで一緒のチームになったんだ、頑張ろうな」
A組カラーである赤に色付けをしながら、そういえば、そんな風に切り出した藤倉君。
私に向かって微笑むその顔は、いつもなら垂涎もののはずなのに、このときばかりは動揺が勝ってしまう。
だって、有り得ない。
「何だよ、嫌なのかよ」
少しだけ口を尖らせたように拗ねる彼。そんな表情もレア中のレアだっていうのに、堪能できないのが残念でならない。
「そ、そんなことないよ。ただ恐ろしく運動音痴だから、足引っ張ることになると思う。それが申し訳ないだけ」
私にしては上手い言い訳だったと思う。この状況でよく出たと自分を褒めたいくらいに。
「大丈夫大丈夫! お祭りみたいなリレーだし、運動部はバスケ部と陸上部だぜ。任せとけって」
「う、うん」
辛うじて微笑む。色付けに戻るふりをしながら、だけど頭の中は酷く混乱していた。
どうして……? 何が原因で?
初めて遭遇する、私が直接かかわることなく変わってしまった過去だった。
事の発端は、体育祭の目玉種目でもある、部活対抗リレー。その名の通り、どの部活動に所属しているのか一目で分かる衣装や小道具を身に纏いリレーを行なうという、至極単純なもの。
けれどもそれだと圧倒的に運動部が有利になってしまうということで、西紅の体育祭では、運動部と文化部の混合チームでリレーに臨むことになっている。ほぼ全ての部活動が参加するので、一チームは四つの部活動からなり、各部活動から、二名の選手が選ばれることになっていた。
戻る前でも、私は確かにこの種目に手芸部として参加してはいた。どんくさい私が選手に選ばれた背景としては、手芸部に所属する八名全ての人間の運動能力が壊滅的なまでになかった、ただそれだけにすぎない。
でもくじ引きで手芸部は、茶道部、水泳部、野球部と同じチームになっていたはずだ。なのに茶道部以外は、バスケ部と陸上部になったという。
いったいどうして?
いつの間にか手は止まっていて、私は呆然と横断幕を見つめていた。
すると、後ろから肩が叩かれた。
「どうしたの? 美麗。ぼーっとして」
「月島が変なんだよ。美濃部さん、何とかしてよ」
振り向くとそこには、親友の姿。
「鞠……」
「ん? どうしたの?」
「鞠も、陸上部の代表?」
「何の話?」
「部活対抗リレーの話。昨日のくじ引きで決定しただろ? だから今月島に、一緒のチームになったから頑張ろうなって話してたんだ」
そうだったんだ、そう言って頷き、鞠は私へと向き直る。
「美麗、知らなかったの?」
「え?」
「私たちが同じチームになったってこと」
「うん……」
だって……気に留めるようなことは、何一つなかったはずだもの。定まっていたはずの未来。期待したって変わりようのないこと。それなのに、どうして?
「一番にチェックすると思ってたのに」
鞠は、そう呟いた。
知らなかったなら、きっとそうした。だって戻る前は、その結果に一人でがっかりしたのだから。
私は、茶道部に所属する友人は一人もいない。だけど、仲の良い陸上部の鞠。思いを寄せるバスケ部の藤倉君。まるで誰かが仕組んだかのようなこのチーム分け。
一瞬、あのおばあさんのことを思い出した。私を一年前へと戻してくれた、口の悪いおばあさん。彼女が何かしたのかとも思ったけど、性格を思い出すと到底有り得ない、瞬時にそういう結論に達する。だって、私が喜びそうなことを陰でこっそりなんて、そんな殊勝なことするような人には、とてもじゃないけど見えなかった。
……でも、じゃあいったい誰が?
誰かが仕組まなければ変わり得ないことだ。なるべき組み合わせを知っている私には、それが断言できた。
藤倉君からかけられた言葉に、私は声を失うことになる。
「え……?」
放課後の教室。その日は有志を募って横断幕を作成していた。
「だから、くじ引きで一緒のチームになったんだ、頑張ろうな」
A組カラーである赤に色付けをしながら、そういえば、そんな風に切り出した藤倉君。
私に向かって微笑むその顔は、いつもなら垂涎もののはずなのに、このときばかりは動揺が勝ってしまう。
だって、有り得ない。
「何だよ、嫌なのかよ」
少しだけ口を尖らせたように拗ねる彼。そんな表情もレア中のレアだっていうのに、堪能できないのが残念でならない。
「そ、そんなことないよ。ただ恐ろしく運動音痴だから、足引っ張ることになると思う。それが申し訳ないだけ」
私にしては上手い言い訳だったと思う。この状況でよく出たと自分を褒めたいくらいに。
「大丈夫大丈夫! お祭りみたいなリレーだし、運動部はバスケ部と陸上部だぜ。任せとけって」
「う、うん」
辛うじて微笑む。色付けに戻るふりをしながら、だけど頭の中は酷く混乱していた。
どうして……? 何が原因で?
初めて遭遇する、私が直接かかわることなく変わってしまった過去だった。
事の発端は、体育祭の目玉種目でもある、部活対抗リレー。その名の通り、どの部活動に所属しているのか一目で分かる衣装や小道具を身に纏いリレーを行なうという、至極単純なもの。
けれどもそれだと圧倒的に運動部が有利になってしまうということで、西紅の体育祭では、運動部と文化部の混合チームでリレーに臨むことになっている。ほぼ全ての部活動が参加するので、一チームは四つの部活動からなり、各部活動から、二名の選手が選ばれることになっていた。
戻る前でも、私は確かにこの種目に手芸部として参加してはいた。どんくさい私が選手に選ばれた背景としては、手芸部に所属する八名全ての人間の運動能力が壊滅的なまでになかった、ただそれだけにすぎない。
でもくじ引きで手芸部は、茶道部、水泳部、野球部と同じチームになっていたはずだ。なのに茶道部以外は、バスケ部と陸上部になったという。
いったいどうして?
いつの間にか手は止まっていて、私は呆然と横断幕を見つめていた。
すると、後ろから肩が叩かれた。
「どうしたの? 美麗。ぼーっとして」
「月島が変なんだよ。美濃部さん、何とかしてよ」
振り向くとそこには、親友の姿。
「鞠……」
「ん? どうしたの?」
「鞠も、陸上部の代表?」
「何の話?」
「部活対抗リレーの話。昨日のくじ引きで決定しただろ? だから今月島に、一緒のチームになったから頑張ろうなって話してたんだ」
そうだったんだ、そう言って頷き、鞠は私へと向き直る。
「美麗、知らなかったの?」
「え?」
「私たちが同じチームになったってこと」
「うん……」
だって……気に留めるようなことは、何一つなかったはずだもの。定まっていたはずの未来。期待したって変わりようのないこと。それなのに、どうして?
「一番にチェックすると思ってたのに」
鞠は、そう呟いた。
知らなかったなら、きっとそうした。だって戻る前は、その結果に一人でがっかりしたのだから。
私は、茶道部に所属する友人は一人もいない。だけど、仲の良い陸上部の鞠。思いを寄せるバスケ部の藤倉君。まるで誰かが仕組んだかのようなこのチーム分け。
一瞬、あのおばあさんのことを思い出した。私を一年前へと戻してくれた、口の悪いおばあさん。彼女が何かしたのかとも思ったけど、性格を思い出すと到底有り得ない、瞬時にそういう結論に達する。だって、私が喜びそうなことを陰でこっそりなんて、そんな殊勝なことするような人には、とてもじゃないけど見えなかった。
……でも、じゃあいったい誰が?
誰かが仕組まなければ変わり得ないことだ。なるべき組み合わせを知っている私には、それが断言できた。