未来はきっと、私次第で
一月二日
一月二日。朝五時半。
真っ暗な中ハナのリードを引っ張り河川敷を目指す。
流石にお正月二日目、いつもより断然すれ違う人が少ない。けどきっと生真面目な彼女のことだ、こんな日だって走ってる。たった三カ月弱だったけど、親友をやっていたんだもの。鞠のことはよく分かってる! 気弱になりそうな自分を鼓舞して、いつもより少しだけ早い鼓動を深呼吸で落ち着かせた。
遮蔽物のない空間を、我が物顔で風が通り過ぎる。身を切るような寒さに思わずリードを落としそうになって慌てて掴みなおした。縮こまりそうになる体を何とか伸ばす。そう、彼女はいつだって、美しい姿勢でまっすぐ前を見据えていたから。そうすれば丹田に力が湧いて、こんな私だって頑張れる気がした。
「ハナ、少しだけ付き合ってね」
前方に、願いを掛けた人影。
新しい記憶に焼き付いている彼女よりも、揺れるポニーテールが少しだけ長い。けど、根本は変わっていない。凛としていて、美しい。そしてそれだけじゃない。その中に、誰よりも人を憂い、思いやれる優しさが隠れていることを、私はもう知っている。
「美濃部さん」
彼女の視線が、通りすがりの通行人を認識するためだけに私に注がれる。でもそのタイミングを利用して声をかけた。震えてしまったけどこれは寒さのせいだ。だから大丈夫。
彼女の目が少しだけ見開かれ、走るスピードが緩んだ。
「おはよう。あの、私、西紅の一年D組、月島美麗です」
一気に自己紹介した。何で自分を知ってるのかって顔に書かれていて、まあ変質者には見えないだろうから大丈夫だと思ったけど、早く私を知ってほしかった。知って、それでやっぱり絶対もう一度友人になりたかった。
でも彼女はそれを聞くと、とても気まずげに目を背けてしまう。そして次の瞬間には、
「えっと、ごめんなさい」
それだけ早口で呟いて走り去ってしまった。
「あ……」
みるみる小さくなる背中。けど落胆はしない。だって、初日からうまくいくなんて思っていない。それにきっと鞠なら今頃、話も聞かず逃げるようにして去ったことを気に病んでいるような気がした。気になって、そして明日の朝もあの人はここへ来るだろうか、そう思い悩んでいるような気がした。
昼間は勿論藤倉君と勉強。図書館はまだお正月休みだから、交互にお互いの家を行き来することにした。と言っても三が日に勉強のためとはいえよそのお宅を訪れるのは気が引けて、暫くは私の家。
お母さんはあのお祭りの日と同じ、彼の誠実さとカッコ良さに喜色が隠せない。お父さんは複雑そうにしてたけど、人徳なのかやっぱり彼の人柄を好ましく思っているようだった。
厳しくする、なんて言ったけど、藤倉君はとても丁寧に分かりやすく教えてくれて、私をどこまでも頑張らせてくれる。一人で戦った西紅受験の苦しい日々を思えば、支えてくれる彼がいる今、夜中に襲い来る睡魔だって気合で跳ね退けられる。
再び憑りつかれたように机に噛り付く私を両親はとても心配していたけど、頑張らなければならない理由がある、と返せば、真剣な瞳に何か感じるものがあったのか、基本は静観してくれるようだった。
でも、両親の気持ちも今なら分かる。弱音を決して吐くことなくやり遂げた西紅の受験。それはそれできっと私を高める糧や誇りとなったことだろう。でもそれだけでは結局、自分のことしか見えていなかったのだ。だから今回は少しだけ甘えることも忘れない。助けてくれる人がいるから、今の私は大丈夫なのだと知らせてあげなくては。
「夜食に鮭のおにぎり食べたい」
ぽつりと零せば、お母さんは嬉しそうに笑ってくれた。自分が変われば、取り巻く環境全てが変わっていく。戻らなければ絶対に気付けなかった。だから私はやっぱり凄くラッキーだったのだ。
真っ暗な中ハナのリードを引っ張り河川敷を目指す。
流石にお正月二日目、いつもより断然すれ違う人が少ない。けどきっと生真面目な彼女のことだ、こんな日だって走ってる。たった三カ月弱だったけど、親友をやっていたんだもの。鞠のことはよく分かってる! 気弱になりそうな自分を鼓舞して、いつもより少しだけ早い鼓動を深呼吸で落ち着かせた。
遮蔽物のない空間を、我が物顔で風が通り過ぎる。身を切るような寒さに思わずリードを落としそうになって慌てて掴みなおした。縮こまりそうになる体を何とか伸ばす。そう、彼女はいつだって、美しい姿勢でまっすぐ前を見据えていたから。そうすれば丹田に力が湧いて、こんな私だって頑張れる気がした。
「ハナ、少しだけ付き合ってね」
前方に、願いを掛けた人影。
新しい記憶に焼き付いている彼女よりも、揺れるポニーテールが少しだけ長い。けど、根本は変わっていない。凛としていて、美しい。そしてそれだけじゃない。その中に、誰よりも人を憂い、思いやれる優しさが隠れていることを、私はもう知っている。
「美濃部さん」
彼女の視線が、通りすがりの通行人を認識するためだけに私に注がれる。でもそのタイミングを利用して声をかけた。震えてしまったけどこれは寒さのせいだ。だから大丈夫。
彼女の目が少しだけ見開かれ、走るスピードが緩んだ。
「おはよう。あの、私、西紅の一年D組、月島美麗です」
一気に自己紹介した。何で自分を知ってるのかって顔に書かれていて、まあ変質者には見えないだろうから大丈夫だと思ったけど、早く私を知ってほしかった。知って、それでやっぱり絶対もう一度友人になりたかった。
でも彼女はそれを聞くと、とても気まずげに目を背けてしまう。そして次の瞬間には、
「えっと、ごめんなさい」
それだけ早口で呟いて走り去ってしまった。
「あ……」
みるみる小さくなる背中。けど落胆はしない。だって、初日からうまくいくなんて思っていない。それにきっと鞠なら今頃、話も聞かず逃げるようにして去ったことを気に病んでいるような気がした。気になって、そして明日の朝もあの人はここへ来るだろうか、そう思い悩んでいるような気がした。
昼間は勿論藤倉君と勉強。図書館はまだお正月休みだから、交互にお互いの家を行き来することにした。と言っても三が日に勉強のためとはいえよそのお宅を訪れるのは気が引けて、暫くは私の家。
お母さんはあのお祭りの日と同じ、彼の誠実さとカッコ良さに喜色が隠せない。お父さんは複雑そうにしてたけど、人徳なのかやっぱり彼の人柄を好ましく思っているようだった。
厳しくする、なんて言ったけど、藤倉君はとても丁寧に分かりやすく教えてくれて、私をどこまでも頑張らせてくれる。一人で戦った西紅受験の苦しい日々を思えば、支えてくれる彼がいる今、夜中に襲い来る睡魔だって気合で跳ね退けられる。
再び憑りつかれたように机に噛り付く私を両親はとても心配していたけど、頑張らなければならない理由がある、と返せば、真剣な瞳に何か感じるものがあったのか、基本は静観してくれるようだった。
でも、両親の気持ちも今なら分かる。弱音を決して吐くことなくやり遂げた西紅の受験。それはそれできっと私を高める糧や誇りとなったことだろう。でもそれだけでは結局、自分のことしか見えていなかったのだ。だから今回は少しだけ甘えることも忘れない。助けてくれる人がいるから、今の私は大丈夫なのだと知らせてあげなくては。
「夜食に鮭のおにぎり食べたい」
ぽつりと零せば、お母さんは嬉しそうに笑ってくれた。自分が変われば、取り巻く環境全てが変わっていく。戻らなければ絶対に気付けなかった。だから私はやっぱり凄くラッキーだったのだ。