夢物語
 振り返ると、そこにいるのはやはり西本くん。


 何となく二人きりになってはいけないような雰囲気で、すぐに立ち去ろうとしたところ、


 「せっかく二人きりになれたのに、逃げないでください」


 腕を掴まれる。


 「……何か話? 話ならログハウスに戻ってから、」


 「他のみんなに聞かれたいですか?」


 「え……」


 腕を掴まれたことにより、距離が狭まった。


 柔らかな香りがする。


 温泉で使ったシャンプーの香りかもしれない。


 「あの日以来、僕を避けていますよね」


 「あの日……?」


 あの日とは、考えるまでもなく、


 「あの飲み会の時、かなり酔っぱらってはいましたが、全部覚えていますから」


 「そ、そうなの」


 延々と素知らぬふりをされるくらいなら、いっそのこと次の日目が覚めたら全て忘れていてくれてもよかったと思った。


 「だから……、あの時行ったことは全部本当です」


 「……」


 次に西本くんが何を口にするか。


 境界線を越えてはいけないという恐れと、それに反する期待とが、心の中でぶつかり合っている。


 それを見透かすかのように、優しい夜風が辺りの木々を揺らす。


 「冴香さんのそばにいたい」


 また……!
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