夢物語
 「今冴香さんとどうにかなっておかないと、いずれ後悔することになると思う」


 私も……?


 もしも今、この腕を振りほどき、雨を避けて地下通路に逃げ込んだら……?


 これっきりもう二度と、こんな雰囲気にならないままだったら?


 心の赴くままに、あの時一気に一線を越えてしまうべきだったと、ずっと悔やむかも?


 ……心の赴くままに?


 心のどこかで、願っている。


 このまま二人でどうにかなってしまいたいと。


 「……おばさんをからかって、何が楽しいの」


 腕の中で最後の抵抗を試みて、淡々と言い放つ。


 「冴香さんがおばさんだったら、俺はおっさんだけど? しかも失敗歴のある」


 敵は全く動じないまま、苦笑いを浮かべてこう答えた。


 失敗歴とは、かつての離婚のことを指していると思われる。


 今の時代、とりわけなぜか北海道では離婚はかなりありふれた話だし、それが致命的なダメージになることはまずない。


 「どうして私なの? 八つも年上だし、それに……」


 「それに、何?」


 私が言葉を飲み込んだのを、西本くんは見逃さなかった。


 「……」


 言葉にはできなかった。


 ずっと前に不倫をしてひどい目に遭って、もう二度とあんな目には遭いたくなくて恋は封印して来たし、今さら面倒なことには巻き込まれたくない、ってことが。
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