夢物語
 それだけではなくて。


 誰かに夢中になればなるほど、いつか訪れるであろう別れの時が怖くてたまらないということ。


 色々な思いが頭の中でぐちゃぐちゃして、説明できずにいた。


 「冴香さんは、俺が嫌い?」


 「え……」


 こういう所が、ずるい男だと思う。


 答えが分かっていて、敢えて尋ねる。


 第一嫌いな男に、サークル内人間関係のゴタゴタを相談するわけがないし。


 偶然のハプニングとはいえ、キスをされて平気でいられるはずもない。


 嫌な奴にあんなことされたら、ハプニングはセクハラに一変する。


 そして今だって、あれこれ抵抗しながらも、ずっと腕の中に留まり続けているなんて有り得ないこと。


 「もしも嫌だったら……。ここから逃げ出してJRに飛び乗ってもいいよ。今ならまだ終電にも間に合うんだし」


 そして私を試す。


 単独犯になりたくなくて、私を共犯として巻き込もうとしているのだろう。


 「……終電逃しても、タクシーで帰るから大丈夫」


 念のため、逃げ道を残した答えをした。


 「わざわざ数千円かけて、タクシーで帰る気?」


 雨が強まってきたのも忘れてしまうくらいに、目の前の展開へのドキドキが止まらない。
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