夢物語
 「冴香さん、ほんと危ないからこっちおいで」


 西本くんに強引にレンガの壁から引き離され、腕の中に連れ戻される。


 ようやく揺れも一段落して、落ち着きを取り戻す。


 そして辺りを見渡すと、停電にはなっていない様子。


 街の中心部ゆえこの時間でも人通りは多く、道行く人たちはざわめいたり慌てふためいたりして余震に直面していたのが見て取れた。


 「本震の時、時間的にも冴香さんは一人だったんだよね。怖かったよね」


 それって自分は、彼女と一緒だったから心強いってことなんだろうか。


 「でも冴香さんは強いから、地震なんかで」


 「死ぬほど怖かったんだから。私、強くなんてないから」


 余震への不安といらだちで、つい否定的にとらえてしまう。


 「尊敬するほどに強いよ」


 「強いふりしてないと、女一人ではなかなかやってけないから。職場でもサークルでも」


 「もしそうだったとしても、ずっと強い自分を演じているうちに、それが本当の冴香さんになってしまったんだよ」


 そう……なのだろうか。


 「でももう一人だなんて思わなくていいんだよ。俺がいつもそばにいるから」


 「無理でしょ!」


 自分でも驚くほどの即答だった。


 「いつもそばにいる」それは私の初めての男がよく口にした言葉。


 そんなことを常日頃言いつつも、私のもとを去るまではそう時間はかからなかった。
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