夢物語
 「不謹慎かもしれませんが、これで冴香さんが帰宅する手段はなくなりました」


 地下鉄も緊急停止中とのこと。


 「いや、タクシーで」


 「そこまでして帰りたいですか? せっかくやむを得ない事情で、冴香さんと最終列車の後まで一緒にいられるのに」


 予想外の事態で、終電には乗ることができなくなった。


 数千円かけてタクシーで帰るか、それとも……。


 「そんなずぶぬれな姿じゃ、タクシーに乗車拒否されかねませんね」


 ずっと雨は降り続け、いつの間にか二人とも全身雨で濡れていた。


 余震に驚いて、雨のことなどすっかり忘れていた。


 二人とも、体の奥まで雨が染み込んでいる。


 いっそのことこのまま溶けてしまいたくなるくらい……。


 「地震のせいで冴香さんと朝帰りできるなんて、想定外の展開……」


 繰り返される余震で、私の理性はいつしか吹っ飛んでしまったのかもしれない。


 もう止めきれない心のままに、ふと顔を上げた時。


 導かれるように、唇が重なった。


 依然として降り続く雨。


 古びた喫茶店の壁のレンガに、街灯に照らされた二人の影が映る。


 それは一つに重なり合い、やがて……。
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