夢物語
 「……冴香さんって、こういうこととは無縁の人だと思っていた」


 「こういうこと?」


 「そう」


 私を確かめるかのように、その手が首筋に触れる。


 肌に触れられると快感に似たくすぐったさを感じ、つい逃れたくなる。


 「手を出そうなんて心の中で思っただけで見抜かれ、嫌われるような気がして、なかなか一歩を踏み出せなかった。こんなことならもっと早く……行動起こしておけばよかった」


 「……」


 「まさかこんな……慣れた体」


 「自分こそ」


 顔を背けてしまう。


 窓から入り込む朝の光が、私の表情を晒し出しそうで困る。


 おそらく彼は、私はこういう経験がおそらくゼロだと予想していたと思う。


 今までサークル内では過去の恋愛話など一切口にしたこともなく、遠い昔の不倫騒動を知る人はもういない。


 そんな私は俗世の恋や愛だのとは無縁の存在だと、勝手にイメージを作り上げられていたのだと推察される。


 「でもよかった。拒絶されることなく思うままに、冴香さんを俺のものにできて」


 私も。


 こうやって男の腕の中で甘い夢を見られる日が再び訪れるなんて、信じられない。


 もう二度と、私には関わりのないことだと信じていた……。
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