夢物語
 ……あの人の面影がある。


 ふとそんなことを考えたのは、いつのことだっただろう。


 容貌が瓜二つといったわけではない。


 雰囲気の問題だ。


 何気ない仕草の節々に、あの人の気配を感じた。


 いい意味で年甲斐もなく、些細なことに夢中になってがむしゃらになる姿。


 年齢から来る落ち着きと、感情豊かに変化する表情とが同居する、捉えどころのない存在。


 共通の趣味を持ち、同じサークルで時を重ねるにつれて少しずつ目が離せなくなり、気になって仕方ない存在になっていた……。


 とはいえ、さらなる一歩を踏み出すつもりはなかった。


 こちらは結婚生活から離婚を経て、彼女もほどなくできていたし、サークル内で問題を起こすと自分の居場所を失い、競技継続も困難になりかねないからだ。


 そして何より、冴香とのつながりを失いたくない……。


 そんなことになるくらいなら、今のままでいい。


 余計なことをしなければ、楽しい日々はいつまでも続いていくはずだから。


 あの日まではそれが一番だと信じていた。


 自分自身、そう思い込ませていた。
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