夢物語
 一方で私はいつの間にか、優くんの勉強を見るようになっていた。


 家庭教師のような存在。


 「真由ちゃんが教育学部で助かったよ。将来の予行演習に、優の先生になってくれたら」


 西本さんが優しく微笑む。


 「でも私……、教職取るか迷ってるんです」


 「えっ、せっかく教育学部に進んだのに」


 「……」


 私が教育学部のある大学に進んだのは、単に第一志望の大学に落ちたから。


 自宅から通える他の国公立大学を選んだら、ここしか選択肢がなかったのだ。


 学校の先生になりたかったわけじゃない……。


 「教育学部でも、図書館の司書や博物館の学芸員の資格を取ってそっちに進む学生もいるみたいだから、真由もそんな進路を模索してるんですよ」


 父が西本さんに答えた。


 「今は昔みたいに、女の子だからって学校を出てちょこっとだけ働いてすぐ嫁に行く時代ではないですからね。資格を取っていつまでも好きな仕事を続けられるのも幸せですよ」


 聞くと西本さんの亡くなった奥さんは、西本さんの会社の手伝いをするために仕事を辞めてしまったそうだ。


 当時は西本さんの会社もまだ独立したばかりで従業員も少なく、奥さんは仕事に未練を残しつつも西本さんを手伝おうと決意したとか。


 それが今だに悔やまれるとのことだった。


 「ならば次に結婚する機会があったら、次の人のやりたいことは尊重してあげるってことだな」


 「何言ってるんですか先輩。もうこの年で次はないですよ」


 西本さんはその時、笑い飛ばしていたけれど……。
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