鬼畜な兄と従順な妹
 厳密に言えば、お兄ちゃんは素敵な人ではあるけども、肝心の心がない。好きっていう心が。こんなの、無かった事に出来ないのかな。

「初めてだったのか?」

 私は抗議の意味と、せめてお兄ちゃんに謝ってほしくて、コクっと頷いた。ところが、お兄ちゃんはニヤッと意地悪そうに笑い、

「こういう事だ」

 と言った。

 ”どんな事をするんですか?”の答えがそれだと思ったから、”俺に何をされても拒むな”の答えとして、

「嫌です」

 と私は言った。

「おまえが拒むなら……代わりにあの女を犯す」

「え?」

 私はお兄ちゃんが、何を言ったのかすぐには理解出来なかった。

「”あの女”じゃわからないか? おまえのおふくろだよ。俺のおやじをたぶらかした、あの尻軽女さ」

 そこまで言われて、ようやく理解出来たと思う。でも、あまりに現実離れというか、サスペンスのドラマを見ているような感じがして、

「そ、そんな事をしたら、犯罪者になります」

 と言ったのだけど、

「構わない。俺がどんなにあの女を憎んでるか、おまえにはわからないのか!」

 お兄ちゃんに怒鳴られ、ようやくちゃんと理解した。如何にお兄ちゃんが恐ろしい事を言ったか。そして、許しがたい暴言を吐いたのかを。

 母は、決して”尻軽女”なんかじゃない。私を産んでから、ううん、もっと前から、父だけを一途に想い続けたんだ。それが悔しくて、私の目から涙が溢れだした。

 詳しくは教えてもらってないけど、父も本当は母を愛していたのに、事情があって、仕方なくお兄ちゃんの、今はもう亡くなられたお母さんと結婚したらしい。

 お兄ちゃんは、たぶんそういう事情は知らないのだと思うけど、母を侮辱されるのだけは我慢出来ない。まして母が汚されるなんて、絶対にさせるわけには行かない。

 だから私は、

「わかりました」

 と言った。もっとも、半分でも血の繋がった妹の私には、そう酷い事、つまりキス以上の事は出来ないだろう、という計算もあったのだけど。
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