鬼畜な兄と従順な妹
 みんなでグラスを掲げ、静かにディナーが始まった。私は目の前に並んだ料理の数々に、どれから食べようか迷っていたら、

「遠慮しないで、たくさん食べてね?」

 とお兄ちゃんは言ってくれて、

「はい」

 と私は返事をしたものの、お兄ちゃんの"猫被り"に、そろそろ嫌気がさし始めていた。

 この人って、今までずっと、こうして"素"の自分を隠して来たのかしら。すごい執念、というか、やっぱり二重人格じゃないのかな。

「おじさん、ずいぶん久しぶりだよね? 今まで何してたの?」

 お兄ちゃんが田原さんに言ったのだけど、口調が今までと少し違うと思った。"猫被り"ではあるけども、何て言うか、フレンドリな感じ?

「アトリエに篭ってたんだよ」

「へー。じゃあ、絵を一杯描いたの?」

「ああ、描いた、描いた。描きまくったね」

「幸子」

「は、はい」

「おじさんはね、山梨にある父さんの別荘の一室をアトリエにしてるんだ」

「あ、そうなんだ」

 別荘か。いいなあ。

「一室じゃなくて、2室だよ。絵が増えちゃってね」

 と言って田原さんは、頭をかきながら父を見た。父は、穏やかに微笑むだけだったけど。

 田原さんと父やお兄ちゃんって、とても仲がいいんだなと思った。

「あの、田原さんは、どんな絵を描かれるんですか?」

 と私が聞いたら、田原さんは一瞬、ハッとしたような気がした。なぜかはわからないけども。
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