鬼畜な兄と従順な妹
「風景画さ。ね、おじさん?」

 なぜか田原さんは言いよどみ、代わりにお兄ちゃんがそう言った。

「まあ、そうだね」

「あ、そうか。山梨なら、富士山が近いですもんね?」

「いや、富士は描かないんだよ。私には恐れ多いというかね」

「そうなんですか? 人物画は描かないんですか?」

 更に私がそう聞いたら、田原さんは、さっきよりもはっきりと息を飲むのがわかった。私ったら、調子に乗り過ぎたのかな。

「おじさんは、人物画は描かないんだ」

 また本人より先に、お兄ちゃんが言ったのだけど、

「そうでもないけどね」

 と田原さんはボソッと言い、

「真君、サッカーはまだやってるのかい?」

 話題を変えられてしまった。

 私は大した事は聞いてないと思うのだけど、触れてはいけない何かに、触れてしまったのかもしれない。考え過ぎとは思うけども。

「いいえ。2年で引退しました。受験があるので」

「なんだ、もったいないなあ。君なら日本のC.ロナウドになると思ったけどな」

「んなわけないじゃん」

 あ。お兄ちゃんったら、ちょっとだけど、"素"が出た。可笑しい……

「おお、幸子がやっと笑ったな」

「ほんとに」

 私は無意識に笑っていたらしく、それを父と母から言われてしまった。

「一日も早く、この家や私達に慣れてほしいんだよ、幸子」

 父は優しい笑顔でそう言い、私はコクッと頷いた。私もそうなりたいと思ってる。鬼畜なお兄ちゃんは難関だけども。
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