鬼畜な兄と従順な妹
「ここが解らないの」

 幸子はテーブルの上に数学の教科書を置いて開き、問題の箇所を指差した。

 幸子は湯上りらしく、シャンプーやらボディソープやらの匂いと、体から出る温もりが俺を刺激してくれるから、俺は幸子を今すぐ抱き締めたくなる衝動を、必死に堪えなくてはならなかった。

 ちなみに、幸子が指差した数学の問題は、さほど難しくはなく、俺は難なく教える事が出来た。幸子が解らないというのは、かなり怪しいと思う。

「さすが、お兄ちゃん。頭いい!」

「おまえさ、本当は……」

「あ、いけない!」

 "本当は解ってたんだろ?"と俺は言おうとしたが、幸子は何かに気付いたらしい。

「どうした?」

「私、"お兄ちゃん"って言っちゃった。ダメなのよね? ”真一様”って言わないと。お仕置きよね? やだなあ」

 とか言い、俺に顔をうんと近付け、目を閉じた。

 俺が"お仕置き"として幸子にキスをすると思ったみたいだ。いや、むしろ俺に、キスをせがんでいるのかもしれない。そもそも、"真一様"なんて、最近は呼んだ事もないくせに。

 もちろん俺は、幸子にキスをしたい。したくてしたくて堪らない。しかし俺は、このところそれをずっと我慢して来た。その努力を無駄にしたくないから、

「幸子。兄妹でそういう事、しちゃいけないんだろ?」

 と言ったんだ。
< 66 / 109 >

この作品をシェア

pagetop