鬼畜な兄と従順な妹
「ごめんなさい。直哉さんの言う通りです」

 私はそう白状した。と言っても、もちろん好きな人が誰かは言えないけど。

「やっぱりそうなんだね。参ったなあ。初めて本気で女の子を好きになったのに、あっさり振られるなんてさ」

「本当にごめんなさい。でも、直哉さんはすごく素敵だから、すぐに彼女が出来ると……」

「そんな気休めは、振られた男にはむしろ堪えるな」

「ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

「なんてね。幸子ちゃん、もう謝らなくていいから。それと、これで涙を拭いて?」

 直哉さんはズボンのポケットからタオル地のハンカチを出し、それを私の頬に当ててくれた。

「ありがとう」

 私は直哉さんのハンカチをお借りして、頬や目を擦らないように拭いていたのだけど、

「キスした上に泣かせたと知られたら、村山真一に殴られるからね」

 と直哉さんは言い、私は固まってしまった。

「どうして、お兄ちゃんって……?」

 どうして直哉さんにバレたんだろう。私が好きな人はお兄ちゃんだって事が。私ったら、無意識の内にそんな素振りをしてたのかな。ああ、どうしよう。みんなに知られたら……

「見られたんだよ。”お兄ちゃん”に。」

「えっ?」

 私は慌てて門の向こうを見たけど、そこにお兄ちゃんの姿はなかった。

「もういないよ。でも、しっかり見られたと思うよ」

 なんだ、そういう事か。

 直哉さんにバレたのではないとわかり、私はホッと胸を撫で下ろした。直哉さんとのキスをお兄ちゃんに見られたのは、それはそれで問題ではあるけども。
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