鬼畜な兄と従順な妹
「やめろー! 早まるな!」

 遠くで男の人の叫び声がし、私達は重心を戻し、声がした方を向いた。すると、髭が特徴的で遠目でもすぐわかる田原さんが、こっちに向かって走って来ていた。

「君達は兄妹じゃないんだ。だから結ばれてもいいんだ。結婚だって出来るんだよ。だから、早まってはだめだ!」

 と田原さんは、走りながら大きな声で叫んだ。

「お、お兄ちゃん、今の聞いた? 私達が兄妹じゃないって聞こえたんだけど、気のせいじゃないよね?」

「俺もはっきりそう聞こえたよ。本当だったら、超嬉しいな!」

「うん!」

 私は有頂天になり、お兄ちゃんに体を預けるようにして抱き着いた。でも、それがいけなかったようで……

「うわっ」

 お兄ちゃんは体のバランスを崩し、それでも私の体を突き放してくれて、尚更バランスを崩したお兄ちゃんは、激しい水音と共に、湖へ落ちてしまった。

「イヤーッ」

 私はすぐにお兄ちゃんを助けるべく、湖に飛び込もうとしたのだけど、

「君は動くな。俺に任せろ!」

 と田原さんに言われ、肩をグイっと引かれた。田原さんは素早く靴を脱ぐと、躊躇なく頭から湖へ飛び込んで行った。

 ああ、お兄ちゃん。死んじゃイヤーッ!
< 96 / 109 >

この作品をシェア

pagetop