鬼畜な兄と従順な妹
 私は屈んで、顔を湖面に近付けて水中に目を凝らした。水がすごく綺麗だから、激しい泡の中で、潜っていく田原さんと、その向こうに沈んで行くお兄ちゃんの姿が見えた。

 手を水中に入れて伸ばしたけど、届くわけもなく、私は慌てて棒のような物がないか辺りを見渡した。でも、都合よく棒が落ちてる訳もなく、それなら私も飛び込もうと思い、紐を解こうとしたのだけど、固結びだし、手が震えてなかなか解けない。

 そうしている内に、湖面は何事も無かったかのように穏やかになり、私は尚も焦って紐と格闘していたのだけど……

 ブワッとすごい音がして、湖面から田原さんの顔が出て、すぐにお兄ちゃんの顔も出た。

 うそ。なんで?

 という疑問が沸いたけど、それよりも二人が助かった事の方が遥かに嬉しく、私は精いっぱい腕を伸ばし、二人が岩に上がるのを手伝った。

「さ、幸子」

「お兄ちゃん!」

「お、俺……」

「なに? お兄ちゃん」

「ぶきっちょで良かった」

 はあ?

 後でわかったのだけど、お兄ちゃんは水の中で必死に足首の紐を解こうとしたけど、固結びだから解けなかった。つまり、私と同じだ。

 ところが田原さんは、お兄ちゃんの体を伝って岩に手を伸ばし、岩から紐を外しに掛かったらしい。すると、紐は簡単に岩から外れ、二人は浮き上がって来れたのだそうだ。

 つまり、お兄ちゃんがぶきっちょで、岩をしっかり結べてなかったから、命拾いが出来たんだって。
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