turning



高校の卒業式の日。

クラスでの終礼も終えて、帰ろうとしている私に、上条君が「報告があるから、ちょっといい?」と話しかけてきた。

夏にヴァイオリンをやめることを告げて以来、ほとんど話をしていなかった。
2月以降自由登校となってからは会ってもいなかった。

上条君は教室を出て、ひと気のない階段を昇っていく。

屋上へつながるドアの前、わずかなスペースで向かい合った。

「四段昇段を決めたから、4月からプロ棋士になります」

さっき終礼で担任の先生から発表があったにもかかわらず、ちゃんと報告してくれた。

私の心の中では、嬉しさと尊敬と安堵と嫉妬と、いろんなものが入り混じって、最低限の言葉しか返せなかった。

「おめでとう」

「三日月さんには感謝してるから、ちゃんと報告したくて」

「何もしてないよ。しかも途中で戦線離脱しちゃったし」

「……普通の大学に行くの?」

「普通の大学に行って、普通に生きてく」

「そっか」

沈黙が落ちたのを機に、私は話を切り上げようとした。

その時の私にとって、彼は眩し過ぎたのだ。

「じゃあ、将棋、頑張ってね」

そう言って背を向けようとした時。

ふっと男の子の香りがして、

私の両肩に何かが乗り、

顔の前が暗くなったと思ったら、

唇に何か柔らかいものが当たった。



それはすぐに離れていき、
両肩の重みもなくなって、
階段を降りていく足音が聞こえて。


気づくと、私はひとり立ち尽くしていた。





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