turning
目的地は、駅の近くのビルだった。

上条君の案内通り、ビルの谷間の裏通りでハザードランプをつけて、車を停めた。

「ありがとう。まだ時間があるから、ちょっと話してもいいかな」

すっかり夜になり、辺りは街灯の光だけ。
人通りもない。
薄暗い車内に、濃密な空気が漂い始めた。

私は返事代わりにエンジンを止め、シートベルトを外した。

「怒ってないのは、本当?」

上条君はやわらかな口調で言った。

参ったな、と思う。
本心を告げざるをえない。

「だって、嫌じゃなかった。
びっくりしたけど、まあいっか、って思った。
もし挫折せずに夢に向かって努力している立場だったら、気後れせずに付き合えたのかなって、音楽やめたことちょっと後悔した」

「挫折じゃなくて、方向転換だよ」

「相変わらずポジティブ」

「夢って、砕けても、そのカケラが栄養になって、その人間を成長させていくんじゃないかな。現に、今の三日月さんは、とてもかっこいい。
……僕に言われたくないかもしれないけど」

「そんなことないよ。ありがとう」

「仕事はどう? 漆原さんは、有能なマネージャーだって褒めてたけど」

「まあ、それなりに」

「じゃあさ、今なら気後れせずに付き合えそう?」

「うん」

「えっ」

「驚かれるとこっちが困る」

「ごめん、つい……。えっと……じゃあ、よろしくお願いします?」

「こちらこそ。じゃあ、連絡先教えて」

お互いスマホを取り出し、連絡先を交換する。

「後で今月の休みの日、送るから」

上条君は「三日月さんらしい手際の良さ」と笑った。

「情緒に欠ける?」

「そうは言ってないよ。やっぱりかっこいい」

さっきよりも、ずっと距離が近くて、親密な口調に、胸がぎゅっとなる。
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