turning


ひと気のない特別教室棟の、狭い音楽準備室。
高校時代、とにかく時間が惜しかった私達は、よくそこで昼休みを過ごした。
音大受験を目指している私に、音楽の先生がこっそり開けてくれていたのだ。

私は譜読みをしたり音源を聴いたり。
上条君は棋譜並べをしたり詰将棋を解いたり。

「今日は誰の何?」

イヤホンを耳に差し込む私に、上条君が尋ねた。
恒例のやりとりだ。

「ジョコンダ・デ・ヴィートのブラームスのヴァイオリンソナタ1番。イタリアの女性ヴァイオリニストなんだけど、イタリア人だけあって、もう、めっちゃ歌心に溢れてるわけ。楽器で歌うってこういうことなんだなって思い知らされるの」

「へぇ」

上条君は私の答えに満足したように、将棋盤を広げた。
背筋を伸ばし、スッスッと駒を並べていく。

その姿はとても綺麗で、しばし鑑賞するのがこれまた恒例だった。


クラスメイトの間では、私達が付き合ってると思っていた人もいるみたいだけど、そんな関係ではなかった。

私は恋愛している時間が惜しいと思っていたし、上条君は将棋の師匠から“プロ棋士になるまで恋愛禁止”と言い渡されていた。

上条君の言った通り、戦友。
少なくとも、私はそう思っていた。




< 6 / 18 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop