SHALIMAR -愛の殿堂-


顔や声はおぼろげでも、香りはしっかりと記憶に残っている。


癖になりそうな、上品でどこか甘さを含んだ―――






―――前に講義で聞いた。


匂いは他のどの感覚とも異なり大脳辺縁系に直接届いているとか。


その大脳辺縁系は「情動系」とも呼ばれており、匂いは人間の本能や、特に感情と結びついた記憶と密接な関係があるって。


つまり匂いはもっとも感情を刺激する感覚なのだ。







俺が顔を上げて彼女の姿を凝視していると、彼女は怪訝そうに眉を寄せて不機嫌そうにちらっと睨んできた。


「あ、すみません!お会計¥3,890になります」


慌てて言うと、アイスクイーンは爪と同じ色合いの長財布を取り出した。


赤色が好きなのだろうか。


お釣りを手渡して、何となく彼女の行動を見送っていると、


暇を弄んでいた吉住がまるで風の速さで飛んできた。


「俺さ、あの女一度しかレジしたことないんだよな~。週に一回は来るのに。最初の一回でその後スルーだぜ?


俺何かやらかしたかな」


「番号でも聞いてしつこく迫ったんじゃねぇの?」


呆れたように言うが、


「さすがにそこまではしねぇよ」と吉住が頬を膨らませる。


だけどすぐに、


「もしかして健人にラブ??」とにんまり笑顔を浮かべる吉住。


お節介の世話好きに火をつけてはいけない。


「んなわけないだろ。初対面だ…」たぶん……




じゃないな…



あの独特の上品な香り、あれはやっぱり隣人の香りに似ている。




俺はそれを吉住に黙っていた―――








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