BLACK TRAP ~あの月に誓った日~
迷っているうちに、後ろからそっと抱きしめられた。
甘く大人っぽい香りがして、心臓がさらに激しく音を立て始める。
「あいつの所に行くって言うなら。七瀬からのキス、俺にくれる?」
冗談ではない、真面目な口振り。
「……何、その条件。馬鹿じゃないの」
動揺を隠すためにわざときつい言葉を選ぶ。
「そこまでして、セイちゃんと帰りたいわけじゃないから」
彼は別に、特別な存在ではない。
男友達の一人。
「今日だけじゃなくて。明日からもずっと、あいつとは喋んないで」
「……はぁ?」
何で藤川に指図されないといけないの。
だけど。もし私が藤川にキスしたら……どんな反応をしてくれるんだろう。
柔らかそうな暗めの赤色をした唇に触れてみたい。
藤川と付き合えなかったとしても、一度だけでいいから、キスをしたい。
思い出として……。
そんな願望に押されるように、私は衝動的に彼を振り返っていた。
広い肩に手を置き、軽く背伸びをして彼に口づける。