BLACK TRAP ~あの月に誓った日~
「七瀬。本当に昔のことは覚えてないのか?」
自然な手つきで、私の背中に流れる髪をすいていた。
心地いい……けれど緊張の方が勝って、ピクリとも動けなかった。
「たとえば。セイが七瀬のこと、なんて呼んでたか。覚えてない?」
「え? 普通に『七瀬』じゃなかった?」
特に変わった呼び方はされたことがないはず。
小さい頃なら『七瀬ちゃん』とか呼ばれていたかもしれない。
「忘れてるんだな、本当に」
低く、どこか不機嫌そうに藤川がつぶやく。
「強い人が好きって言ってたわりに、何であいつに好意的なの? あいつ、いかにも弱そうだろ。好み変わった?」
「ちょっと待って。強い人が好きなんて、私、言ったかな。全然覚えてないんだけど」
以前も同じことを話した気がする。
その件について、相当藤川は気にしているらしい。
私は本当に、セイちゃんと藤川、どちらを信じたらいいんだろう。
どちらも、私が相手の方に行くのを阻もうとしてくる。