BLACK TRAP ~あの月に誓った日~
「それとも、ここじゃなくて唇の方が良かった?」
藤川は空いた手で私の頬に触れてくる。
「そんなわけ……っ」
冷たい手のひらの感触に思わずドキッとしたのを気取られないよう、彼を睨みつける。
けれど藤川は余裕の笑みを浮かべて言った。
「ほんと……七瀬をいじめるの、楽しい」
「……!」
ゆっくりと頬をすべる長い指を、思い切り叩き落としてやろうとした、そのとき。
「え……、七瀬?」
か細い声がどこからか聞こえてきて。
廊下を振り返れば、そこには小柄な男子生徒が目を見開いて立っていた。
その隙に私は藤川の手をよけ、手を伸ばしても触れられない距離まで遠ざかる。
「本当に……七瀬なの?」
大きな目を見開いたまま、微かに首をかしげる美少年。
色素の薄い髪が、どこからか吹く風にサラサラと揺らされている。
私は彼のことを知らない。
なのに、なぜか向こうは私を知っている様子だ。
「俺のこと、覚えてない?」
不安そうに揺れる、人形を思わせるぱっちりとした瞳。
細くて、儚い雰囲気の彼は──