BLACK TRAP ~あの月に誓った日~
「だって好きな人を前にしたら、緊張しちゃって。うまく話せないんだよね」
「何が緊張だ。桜花の男なんか、いい加減やめておけって」
向かいの席に座り腕を組んだ咲都は、冷めた目で自分の妹を見ている。
「そいつには彼女がいるかもしれないんだろ?」
「だから、あきらめるためにも、この目でちゃんと確かめたいの。お願いっ。一緒についてきて!」
祈るように手を合わせた美愛は、必死に目を閉じて二人へ念を送っている。
「お願い。私も付き添わせて」
私と美愛を見比べた藤川は、天井を仰ぎ唇の片端を歪めた。
「美愛に付き添うのは了解した。けど七瀬には一つ……、交換条件がある」
「えっ」
「何?」
私と美愛は二人同時に机の上に身を乗り出す。
「俺を下の名前で呼ぶこと」
「……何それ」
「そんな簡単なことー?」
美愛が呆れ顔で肩をすくめる。
「七瀬、できるよね、それくらい」
元々『皇世』と呼び慣れている美愛は簡単に言ってくれるけど。
苗字でしか呼んだことのない私には、ひどく苦痛なこと。
照れがあって気軽に呼び名を変えられない。