我が儘社長と不器用な2回目の恋を
翻訳家になって、自分の名前が表紙に出ている本は沢山ある。けれど、自分が作り上げたものじゃないのに、表紙に名前があるのは不思議だった。
本来ならば、名前なんて載せなくてもいいと思っていた。けれど、斎にその話をすると、「翻訳をしないと他の国の人に読んでもらえないだろ。作者が出来ないことをしたんだから、名前が載るのは当たり前の権利だろ。」と優しく言ってくれた。
自分の考えを押し付けるのではない、教えてくれるように優しく語りかけてくれた彼の言葉は、夕映の心にスッと溶けていくようだった。
それから、自分の名前がある本を見ると、自信を持ち、誇らしく感じるようになったのだ。
夕映は、自分が翻訳した本を手にとって、しみじみとした気持ちでその本を眺めた。
そして、また斎の事を考えてしまう自分がいることに気づいた。けれど、それは彼との記憶。彼との濃い時間は、忘れることなど出来るはずなどないのだなと、夕映はしみじみと思った。
翻訳家になりたいと彼に言ったときも「おまえならなれる。」と言って背中を押してくれたのだ。自分には味方がいる。それに、斎が自信を持ってなれると言ってくれた事が、とても大きな力になったのを感じたのだ。
「夕映さん、お待たせしました。」
「………。」
「………夕映さん?」
「あ、ごめんなさい。少し思い出しちゃってて。」
「思い出、ですか?」
心配した顔で夕映を覗き込む依央に、夕映は素直に答えた。
「翻訳家になろうって決めたときの事だよ。悩んでたけど、背中を押してもらえて頑張ろうと思えたらなぁーって。」
懐かしい気持ちになったまま依央にそう伝えると、夕映は当時を思い出して、笑顔になってしまう。
いつもの依央ならば、「そうだったんですね。」と言って、微笑み話を聞いてくれると思っていた。
けれど、今日の依央は違った。
悲しげだけれど、何故か鋭い目線で夕映が持っている本を見つめていたのだ。
それを見て、夕映は彼が怒っているのだとわかった。
夕映が、依央のそんな表情を見るのは初めてだった。