ハナノユメ
三
次第に明るくなってゆく窓の外に焦りながら、何度も寝返りをうつけれど結局眠れず、気づいた時には朝だった。なのに、やけに冴えている目が恐ろしい。普段、花はしっかり寝ないと一日がもたない。今日一日を乗り越えられるか、早くも不安に思った。
ベッドから抜け出して鏡を覗き込んでみると、見慣れた自分が見返してきた。目ばかり大きくて、小松とは違う、幼い顔。ユリアの目鼻立ちのはっきりした顔とも全然違う地味な顔だ。それにやわらかな軽く癖のある肩までの髪の毛。東の地出身には珍しく、光のもとでは茶に見えた。
自分の容姿とは既に折り合いをつけたと思っていたけれど、急に他人からどう見えるのか気になった。もう少し鼻が高くて、大人っぽい顔つきだったらいいのにな、と花は自分の鼻をつまんでみた。目の下にはうっすらとクマがある。これくらいなら誤魔化せるだろう。祝福された化粧品のカバー力は優秀だ。普段は化粧なんてしないけれど、今日は少しだけ、試してみようと思っていた。緊張と期待で眠れなかった、なんて言ったら煌星は笑うに違いない。可笑しそうにニヤニヤする煌星を想像すると、自然と苦笑いがこぼれて、花は念入りにクマを消すことにした。
同室の子達が目覚めてしまわないよう、静かに仕度をはじめる。結局着ていくことになったのは、春に買ったけれど、まだ一度も着ていなかったワンピース。ボートネックで、胸下で切り替えがついているレモンイエローが鮮やかな一枚だった。特に可愛いというわけではないけれど、似合わないまではいかないのじゃないかな、と花は鏡の前で回って自分を励ました。のそのそと起きはじめた同室の女の子たちに聞いてみても「かわいいかわいい」と寝ぼけ眼で言うだけで、真面目に相手をしてくれなかった。
友人達の仕打ちに少し憤慨しながら女子寮のホールに下りてゆくと、小松がソファに座って新聞を広げていた。窓からの朝日に照らされて頬の産毛か光って見え、肌の白さが際立っていた。綺麗な人だな、と改めて思う。新聞を読んでいる姿は様になっていた。花としてみたら、朝起きてまず新聞、なんてありえない。そもそも、新聞すらほとんど読んだことがないかもしれない。けれど小松には朝の紅茶と新聞が妙に似合っていて、感心してしまった。
「小松さんおはよう!」
「おはよう、花」
小松はちらっと新聞から目をあげて、新聞を折りたたんでソファから立ち上がった。そこで、花は首を傾げた。小松はいつもの制服を着ている。街へ行く時は、生徒はみな私服だったから、どうしたのだろうと見つめていると、彼女は切り出した。
「教授に用事を頼まれてしまったの」
「え?」
「だから、本当にごめんなさい。また機会があったら誘ってね」
言葉とは裏腹に小松は苛立たしげだった。表情は強張り、声は冷ややかだ。花は小松が感情をあらわにしているのをはじめてみた。それに面と向かって、同世代の女子から負の感情をぶつけられたのは初めてだった。予想外の出来事に固まってしまう。
「そう言いたいところだけれど」
鋭い視線を投げかけられて、花はたじろいだ。
次第に明るくなってゆく窓の外に焦りながら、何度も寝返りをうつけれど結局眠れず、気づいた時には朝だった。なのに、やけに冴えている目が恐ろしい。普段、花はしっかり寝ないと一日がもたない。今日一日を乗り越えられるか、早くも不安に思った。
ベッドから抜け出して鏡を覗き込んでみると、見慣れた自分が見返してきた。目ばかり大きくて、小松とは違う、幼い顔。ユリアの目鼻立ちのはっきりした顔とも全然違う地味な顔だ。それにやわらかな軽く癖のある肩までの髪の毛。東の地出身には珍しく、光のもとでは茶に見えた。
自分の容姿とは既に折り合いをつけたと思っていたけれど、急に他人からどう見えるのか気になった。もう少し鼻が高くて、大人っぽい顔つきだったらいいのにな、と花は自分の鼻をつまんでみた。目の下にはうっすらとクマがある。これくらいなら誤魔化せるだろう。祝福された化粧品のカバー力は優秀だ。普段は化粧なんてしないけれど、今日は少しだけ、試してみようと思っていた。緊張と期待で眠れなかった、なんて言ったら煌星は笑うに違いない。可笑しそうにニヤニヤする煌星を想像すると、自然と苦笑いがこぼれて、花は念入りにクマを消すことにした。
同室の子達が目覚めてしまわないよう、静かに仕度をはじめる。結局着ていくことになったのは、春に買ったけれど、まだ一度も着ていなかったワンピース。ボートネックで、胸下で切り替えがついているレモンイエローが鮮やかな一枚だった。特に可愛いというわけではないけれど、似合わないまではいかないのじゃないかな、と花は鏡の前で回って自分を励ました。のそのそと起きはじめた同室の女の子たちに聞いてみても「かわいいかわいい」と寝ぼけ眼で言うだけで、真面目に相手をしてくれなかった。
友人達の仕打ちに少し憤慨しながら女子寮のホールに下りてゆくと、小松がソファに座って新聞を広げていた。窓からの朝日に照らされて頬の産毛か光って見え、肌の白さが際立っていた。綺麗な人だな、と改めて思う。新聞を読んでいる姿は様になっていた。花としてみたら、朝起きてまず新聞、なんてありえない。そもそも、新聞すらほとんど読んだことがないかもしれない。けれど小松には朝の紅茶と新聞が妙に似合っていて、感心してしまった。
「小松さんおはよう!」
「おはよう、花」
小松はちらっと新聞から目をあげて、新聞を折りたたんでソファから立ち上がった。そこで、花は首を傾げた。小松はいつもの制服を着ている。街へ行く時は、生徒はみな私服だったから、どうしたのだろうと見つめていると、彼女は切り出した。
「教授に用事を頼まれてしまったの」
「え?」
「だから、本当にごめんなさい。また機会があったら誘ってね」
言葉とは裏腹に小松は苛立たしげだった。表情は強張り、声は冷ややかだ。花は小松が感情をあらわにしているのをはじめてみた。それに面と向かって、同世代の女子から負の感情をぶつけられたのは初めてだった。予想外の出来事に固まってしまう。
「そう言いたいところだけれど」
鋭い視線を投げかけられて、花はたじろいだ。