ハナノユメ
「昨日から考えていたの、あなたがなぜ私に話しかけてきたのか。何か考えがあって誘ったのかもしれない、確かめてみようかって。でも、ようやく合点がいったわ。あなたは何も知らないのね」
呆れたような物言いだった。花は何が何だかわからず、急に変わった小松の態度に目を白黒させていると、小松はため息をついた。
「あなたから話しかけてくるなんてびっくりした。何か思惑があるのかなって思ったけれど。何も知らないみたいだし。幸せに生きてきたのね」
「どういうこと? 小松さん」
「私はあなたには関わらない。放っておいて頂戴」
小松は立ち上がると、呆然と立ち尽くした花を置いて食堂を出て行った。
あっという間の出来事だった。
なんということだ。小松が去ったあと、花は頭を抱えた。小松の言っていることは何も理解が出来なかったが、小松を怒らせてしまったことはわかった。約束は反故になったのだ。どうしよう、煌星になんて言おう。落ち込むだろうな、煌星。残念そうな煌星の顔を想像したら、なんだか花まで振られてしまった気分になった。今日の約束はどうなってしまうのだろう。中止だろうか。
花が途方に暮れていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、ユリアがホールに入ってくるところだった。制服ではない友人の姿を見るのは新鮮で、思わず服装をじっと見てしまう。シンプルなカットソーにショートパンツを合わせていて、すっきりとのびた手足が引き立ってよく似合っていた。
「花、おはよう。今から朝食?」
「ユリア! うん、おはよう」
「今日の朝食は何かしら」
「たぶん、トーストかな?」
香ばしいかおりが玄関ホールまで漂ってきている。ユリアと並んで食堂へと入ると、やはり黄金色をしたトーストがスタンドに綺麗に並べられていた。ユリアはソバの実のおかゆが好きではないので、トーストがあってうれしそうだ。色とりどりのジャムも小瓶に詰まっている。
ユリアは南の地出身のすらりとした美人で、南特有の明るい色の髪に華やかな顔立ちをしていた。クラスは違うのだが、一年生の時に一緒のクラスになってからずっと仲良くしている。落ちこぼれ気味の花とは違って成績も優秀で、姉のような存在であった。クラシックバレエを得意としていて手足が長くて細い。最近、祝福の扱いも覚えてきたようだった。バレエにのせて扱えるようにと、舞踊の特別クラスもとっている。
ユリアはストロベリージャムをバターナイフですくった。花もバスケットからトーストを一枚とると、クリームチーズの入った壺と、蜂蜜の小瓶を引き寄せる。スプーンで耳の端まで丁寧にクリームチーズを塗っていると、ユリアがじっと見ているのに気づいた。
「どうかした? 何かついてる?」
歯磨き粉でもついてたかな、と花は顔をさわってしまう。ユリアは首を振った。
「なにかあったの? 落ち込んでいるみたい」
さすが、ユリアは付き合いが長いだけあり、目敏かった。
花はチーズの上に蜂蜜をたらしながら、先ほどの小松とのやり取りを説明した。
「なにそれ、酷いわ」
「うーん、でも、わたしが気づかない間に何か小松さんが怒ることをしたのかも」
「花、いつも自分に非があるわけじゃないのよ。そういうところ、弱気っていうか、お人よしよね」
「理由もなく怒る人に見えないけれどなあ」
それはユリアも感じるところらしかった。
花は、煌星と聞いたトロイメライの音色の後の、あの溺れゆくような旋律を思い出した。胸が締め付けられる演奏だった。どういう気持ちであれを弾いていたのだろう。わたしの何に幻滅したのだろう?
でも、とユリアは切り出した。
「小松さんって、謎の人よね。出身はどこかしら。外見や名前、音楽の才からすると東の地なのかな、でもそれも確かな話は聞かないし。貴族という話も聞かないけれどどこか立ち居振る舞いが優雅に見える」
「うん、小松さんって、なんだか大人っぽいよね」
「花は呑気ねえ」
ユリアはため息交じりに言うが、ふと花の服装をみとめて、ほほ笑んだ。
「そのワンピース、可愛い」
「本当? ありがとう」
「すごく似合っているよ。街へ行くの?」
「うん、そうなの。ユリアも?」
「うーん、そのはずだったんだけどね。友達が急に駄目になって、今日は一日空いちゃったの」
そう言ってユリアは肩をすくめた。それなら、もしも煌星とラシェッドとの約束が中止になったら、ユリアと遊びに行こうかしら。そう提案しようとしたけれど、急にピンと冴えて、いい考えを思いついた。
「ねえ、ユリア! ちょっと頼みがあるんだけど」
ユリアの手をがっしりと掴んだ。小松のことは気になっていたし、人数が問題ではないこともわかっているけれど、今日の約束はどうしても決行したいのだ。だって、ラシェッド。ずっと憧れていたラシェッドと会えるのだから。
呆れたような物言いだった。花は何が何だかわからず、急に変わった小松の態度に目を白黒させていると、小松はため息をついた。
「あなたから話しかけてくるなんてびっくりした。何か思惑があるのかなって思ったけれど。何も知らないみたいだし。幸せに生きてきたのね」
「どういうこと? 小松さん」
「私はあなたには関わらない。放っておいて頂戴」
小松は立ち上がると、呆然と立ち尽くした花を置いて食堂を出て行った。
あっという間の出来事だった。
なんということだ。小松が去ったあと、花は頭を抱えた。小松の言っていることは何も理解が出来なかったが、小松を怒らせてしまったことはわかった。約束は反故になったのだ。どうしよう、煌星になんて言おう。落ち込むだろうな、煌星。残念そうな煌星の顔を想像したら、なんだか花まで振られてしまった気分になった。今日の約束はどうなってしまうのだろう。中止だろうか。
花が途方に暮れていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、ユリアがホールに入ってくるところだった。制服ではない友人の姿を見るのは新鮮で、思わず服装をじっと見てしまう。シンプルなカットソーにショートパンツを合わせていて、すっきりとのびた手足が引き立ってよく似合っていた。
「花、おはよう。今から朝食?」
「ユリア! うん、おはよう」
「今日の朝食は何かしら」
「たぶん、トーストかな?」
香ばしいかおりが玄関ホールまで漂ってきている。ユリアと並んで食堂へと入ると、やはり黄金色をしたトーストがスタンドに綺麗に並べられていた。ユリアはソバの実のおかゆが好きではないので、トーストがあってうれしそうだ。色とりどりのジャムも小瓶に詰まっている。
ユリアは南の地出身のすらりとした美人で、南特有の明るい色の髪に華やかな顔立ちをしていた。クラスは違うのだが、一年生の時に一緒のクラスになってからずっと仲良くしている。落ちこぼれ気味の花とは違って成績も優秀で、姉のような存在であった。クラシックバレエを得意としていて手足が長くて細い。最近、祝福の扱いも覚えてきたようだった。バレエにのせて扱えるようにと、舞踊の特別クラスもとっている。
ユリアはストロベリージャムをバターナイフですくった。花もバスケットからトーストを一枚とると、クリームチーズの入った壺と、蜂蜜の小瓶を引き寄せる。スプーンで耳の端まで丁寧にクリームチーズを塗っていると、ユリアがじっと見ているのに気づいた。
「どうかした? 何かついてる?」
歯磨き粉でもついてたかな、と花は顔をさわってしまう。ユリアは首を振った。
「なにかあったの? 落ち込んでいるみたい」
さすが、ユリアは付き合いが長いだけあり、目敏かった。
花はチーズの上に蜂蜜をたらしながら、先ほどの小松とのやり取りを説明した。
「なにそれ、酷いわ」
「うーん、でも、わたしが気づかない間に何か小松さんが怒ることをしたのかも」
「花、いつも自分に非があるわけじゃないのよ。そういうところ、弱気っていうか、お人よしよね」
「理由もなく怒る人に見えないけれどなあ」
それはユリアも感じるところらしかった。
花は、煌星と聞いたトロイメライの音色の後の、あの溺れゆくような旋律を思い出した。胸が締め付けられる演奏だった。どういう気持ちであれを弾いていたのだろう。わたしの何に幻滅したのだろう?
でも、とユリアは切り出した。
「小松さんって、謎の人よね。出身はどこかしら。外見や名前、音楽の才からすると東の地なのかな、でもそれも確かな話は聞かないし。貴族という話も聞かないけれどどこか立ち居振る舞いが優雅に見える」
「うん、小松さんって、なんだか大人っぽいよね」
「花は呑気ねえ」
ユリアはため息交じりに言うが、ふと花の服装をみとめて、ほほ笑んだ。
「そのワンピース、可愛い」
「本当? ありがとう」
「すごく似合っているよ。街へ行くの?」
「うん、そうなの。ユリアも?」
「うーん、そのはずだったんだけどね。友達が急に駄目になって、今日は一日空いちゃったの」
そう言ってユリアは肩をすくめた。それなら、もしも煌星とラシェッドとの約束が中止になったら、ユリアと遊びに行こうかしら。そう提案しようとしたけれど、急にピンと冴えて、いい考えを思いついた。
「ねえ、ユリア! ちょっと頼みがあるんだけど」
ユリアの手をがっしりと掴んだ。小松のことは気になっていたし、人数が問題ではないこともわかっているけれど、今日の約束はどうしても決行したいのだ。だって、ラシェッド。ずっと憧れていたラシェッドと会えるのだから。