三月の向日葵
一階に下りて中庭に来ると、扉を開けた。
外は春の空気に包まれていて気持ちがいい。
ベンチに座ってふぅっと息をつく。
ノートを開いて鉛筆を突き立てるけれど、
一度目を閉じて耳をすませた。
ここは消毒の匂いも廊下を走り回る足音も聞こえない。
人の話し声さえも。
ここは病院の中で唯一リラックス出来る場所。
ここになら何時間でもいられる。
誰にも邪魔されない、私だけの場所。
「それ、俺?」
声が聞こえて、はっとして目を開ける。
私のノートを覗き込んでいる少年がいた。
よく見ると、さっきお昼ごろに見かけた少年だった。
少年は私の絵を見て面白そうに笑んでいる。
私は慌ててノートを閉じた。
描いているのがバレた!しかも本人に。
「なんで隠すの?別に隠さなくても、
そっくりに描けてんじゃん」
「あんた、誰?」
「誰って、そっちこそ。
なんで俺の絵なんか描いてんだよ」
少年は私を見てそう言った。
ああ、それもそうか。
まずは私が名乗らないと。
でも、なんで私はこいつの絵を描いていたんだろう。
なんでか、無意識に描いていたんだよね。
「私は、水野茉莉」
「ふうん。まつりって、お祭り?」
「違う。ジャスミンの茉莉」
「茉莉花ね。いい名前だな」
「あんたは?」
「俺は葵」