ゼフィルス、結婚は嫌よ
金持ちのボンボン
「それはないでしょ、彼女。無視は。ひどいじゃんよ。ウンとかスンとか、何とか云ってよ。俺たちって透明人間なのかなあ、なあ、おい」と相方にうそぶいては厚かましいことはなはだしい。いかにも金持ちのボンボン風の男で、相方の方はその取り巻きのような、体格のいい、体育会系風の男である。萎縮する惑香にその取り巻きの方が空笑いしながら「へいき、へいき。俺たちは大学生であやしいもんじゃないっすよ。なにかひとこと答えてやってくださいよ」とあたりに歓談をよそおう。人混みの中でのナンパに慣れっこの、また人というものは男女の仲やトラブル事を無視するものだということをよく心得ている風がある。主役のボンボンがたまたま通りかかった惑香に目をつけたものか、それとも公演会場の中から目をつけていたのかまではわからない。いつもそうだがまた決して高価なものを身に着けているわけではないが、惑香のきょうのいでたちはフロントのボタンとリブ地が美しいラインを作っているニットワンピースを着用におよんでいる。その胸元はデコルテが綺麗に見えるVネックで、ハイウエストでウエストマークを付けているベルトが効果的だったし、またそこから大きく垂らしたリボンのフリルのアクセントが実に見事だった。そして何よりもその華麗なファッションの主である惑香自身の美貌と来れば、酔漢ならずとも思わずその大きく開いたVネックの胸元から手を差し入れたくもなり、また見事に浮き出た身体のラインの、なかんずく腰に手をまわして、抱き寄せたくもなるのだった。