ゼフィルス、結婚は嫌よ
第2章 10年後への求婚
正真正銘の現在2003年6月にバック
「お冷をお取替えします」「え?…」突然のウエイトレスの言葉に惑香は一瞬で現在に返らされた。見れば突っ慳貪(つっけんどん)な顔をしてウエイトレスがお冷を取り換えようとしている。「あ、あの…すいません。じゃ、じゃあ、あの、プ、プリンをください。ごめんなさい、長居をしちゃって。待ち合わせた人がなかなか来ないもんで。ふふふ」ウエイトレスの機嫌を取るように惑香は笑って見せ、あまり欲しくはなかったが咄嗟にプリンを注文してしまう。溜飲を下げたようにウエイトレスはひとつうなずいてから離れて行った。シャネル風のチェーンバックからいま流行の写メール携帯を取り出して時刻を見るともう4時になっている。1時間たっても義男は来ない。ええい馬鹿馬鹿しい。私ったら…もう帰ろうか。10年前に、あの状況で、切羽詰まった風に云い残した男の言葉を思い続けてここに来るなんて、それだけでも馬鹿だし、のみならずこうして1時間待たされても帰れない。それを思うとくやしいんだか自分が労しいんだが知れないが思わず涙が出そうになる。ふんと吹っ切るように店内を改めて見まわすが義男らしい男はいない。店内は適当な空席を隔てて客が入っている。満席だから長居は御免願うと云われる状態ではまだなさそうだ。ん?…とばかり、今まで気づかなかった、店内に流れるBGMにここで気づかされる。『ライクアバージンだ!』そう云えばあの時も同じBGMが流れていた。はて偶然かしら?とも思うが2003年のいまからは悠に10年以上も前のヒット曲を流すというのも不思議と云えば不思議だ。あの時の武道館ロビーでの美枝子ではないが思わず心中で歌詞を口ずさむ惑香だった。