ゼフィルス、結婚は嫌よ

嗚呼神風特別攻撃隊

「え、ええ…そう云えばどこかで聞いたような。ごめんなさい、わたし短歌(うた)とかあまり知らなくって…それでもわたし、白鳥だなんて、そんな美しくないですよ」
「いやいや。ご謙遜を。あなたほど美しい人をぼくは他に知りません。その美の前に額づきたいほどです」
いかにも歯の浮いたようなセリフを、また本人を前にしてよくぬけぬけと云うものだと、惑香はそう思わぬでもなかったが、しかしこれ真なりを感じさせる義男の気持ちがひしひしと伝わって来た。でもいったいなぜ…?と先の疑問がまたしても惑香の心に去来する。なぜこうも義男はわたしを慕うのだろうか?いや、慕ってくれるのだろうか?彼が云う「わたしが美しいから」だけではまんざらあるまい。何か分けが…と探ろうとする時に窓の外から軍歌を大音量で流しながら通りを行く街宣車の音が伝わって来た。その軍歌は「嗚呼神風特別攻撃隊」と知れる。窓越しにそれを見ながら義男が「ちっ、いい気なもんですね、あいつら。往時の特攻隊員らがいったいどんな気持ちで散って行ったのか、知りもしないでしょうね」と言葉を漏らす。え?特攻…?そう云えばさきほど義男が述べた「ぼくの父の命の恩人だった特攻隊員の墓参りに来た」なる言葉を惑香は思い出した。その時はうっかり聞き流したのだが今の義男の表情からすれば殊の外なにか強い思い入れがその人にあるのかも知れない。自分への思い入れの分け云々は放ったらかしてさきほどの非礼を詫びる意味も込めて惑香はこう聞いてみた。「ええ、そうでしょうね。右翼の軍歌への傾倒は困ったものです…あ、ところで、さきほどあなたのお父様の命の恩人だった方…特攻隊員だった方ですか?その方のお墓参りに来たとおっしゃってましたが、その方はいったいどんな…」
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