ゼフィルス、結婚は嫌よ

鳥居義雄。あなたの叔父様ですよ

そこまで聞いたところで『ああ、よくぞ訊いてくれた。これでやっと本懐が告げられる』とばかりに惑香の言葉を最後まで聞かず、ここぞ肝心なる話を義男が惑香の前で開陳する。「はい。そのことです」息せき切って一気に伝えたいところだが、逆に殊のほかゆっくりと義男は話し出す。思えばそれほどに、この日この時のことを夢見て幾星霜…であったのだろう。ではその義男の口上を聞こうではないか。
「惑香さん、その特攻隊員…あなたは身近な誰かのことをお忘れではありませんか?」
「え?身近って…」
「鳥居義雄。ははは。あなたの叔父様ですよ」
「ああ…わたしの叔父」
「そうです!帝国大学経済学部在籍中、学徒出陣で沖縄菊水作戦に赴かれ、沖縄近海で殉じられた方です。見事敵駆逐艦を撃沈されました。あなたのお母様からお聞きおよびのことと思いますが…?」
「え、ええ…」云われてみれば確かに迂闊だった。特攻で戦死した叔父のことは惑香の母・春子から聞かされたし、義男の父・一郎からも一度聞いたことがある。いまから10年前のこと、惑香が大人と一応まともな口の利ける中学生になるのを待っていたかのように、久しぶりに訪ねて来た一郎が「惑香ちゃん、小父さんはね、惑香ちゃんの叔父さんがいなかったら、実はいま頃こうして惑香ちゃんの前で生きていなかったの」「え…?」「うん、実は小父さんがね、帝大生のころ…い、いや、大学生の頃にね…」で始まった話は概ね以下の通りだった。
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