ゼフィルス、結婚は嫌よ
神風特攻隊員、鳥居義雄
それで終らずに一呼吸置いてから「それで惑香ちゃん…どう?小父さんの息子の義男なんかは。え?」と訊く。顔を赤らめて「知らない。わたし…」と惑香は逃げ「まだ早いですよ、一郎さん。まったく、中学生の娘(こ)に…」と春子がたしなめる。「ああ、そうか。こりゃ早まった。わははは」などと話していた往時の一郎小父さんのことがいまさらのように惑香の脳裏に思い出される。惑香が生まれる遙か前に戦死した義雄叔父のことは当然ながら具体的なイメージは湧かなかったが、それを語っていた一郎小父さんのことが義男の誘導で懐かしく思い出されたのだ。しかしあの時以来小父さんは確か一回もわが家を訪れなかったように思う。それ以前からもそれほど訪うことはなかった。あんなに私を可愛いと溺愛していたわりには…なぜなのだろう?といまさらのように惑香は不審がる。第一大人になった今、一郎小父さんの話を改めてふり返るならば、可愛く愛しく思うのは本来私ではなく母の春子であるべきではなかったのか?なぜ一郎小父さんは母を嫁にもらわなかったのだろう?などと気づきもするが実は、その辺りの事情には眼前の義男が惑香に接するのを長年憚っていたのに似る、一種特異な事情があったのである。その辺りは後述するがとにかく訪うことは少なくとも一郎が春子・惑香母娘に長年に渡って経済的支援を続けたことは事実だった。少しだけ云えば肺病(結核)罹患、一郎の稼業が産廃業だったこと、親友義雄が在日だったこと(だから当然春子・惑香母娘も)などが上げられるだろう。
(※在日朝鮮人の特攻隊員には特攻戦死しても遺族年金は支給されなかった。たった1人の息子・義雄の戦死は母・敏子にとってはいかばかりだったか…)
(※在日朝鮮人の特攻隊員には特攻戦死しても遺族年金は支給されなかった。たった1人の息子・義雄の戦死は母・敏子にとってはいかばかりだったか…)