ゼフィルス、結婚は嫌よ
美枝子の感応力
話をもどすがその武道館からの帰り道、九段下駅までの道すがら美枝子から「ねえ、惑香。あの男は間違いなく、あなたが目当てよ。わたしの目に狂いはない。どこの誰だか、なぜ名前すら云わないのか、それは知れないけどね。握った手の感触から伝わって来た感じでは、ジャスト、ミステリーね」とする文字通りミステリー話を聞かされていたのだ。「ミステリー?なにそれ」と惑香が聞くのに「わたしはダンサーだからさ、ほかのダンサーの輝き度に敏感なのよ。つまり全身であらわすオーラね。それでそれはダンサーのみならず普通の、一般の人にまで習い性になっちゃって、その人のありようって云うか、ウソのないところを感じようと思えば感じられるのよ。うふふ、それって信じる?」「うーん、わからない。ほんとだったらすごい」「だろうね。でもさ、そのわたしでもあの男が読めなかった。なんて云うか、深い、そして長いのよ」「深い?長い?」「うん。あんなの初めてだった。わたし、もし悪い了見の男だったらあなたを守ってやろうと思ってさ、ふふふ、気合を入れて握手してみたんだけど…弾き飛ばされちゃった。静かだったけど半端じゃない、彼の中の何かに」「何か?…何かって、何よ」「さっきのあんたじゃないけど、うーん、わからないって云うほかないわね。普通の人間と次元が違うって云うか、さっき云ったはるかなる時間の経過と蓄積が感じられたって云うか…それってわかる?また、うーん?」惑香は笑って「うん、わかんなーい」と云うほかなかった。美枝子はおどけてガクッとずっこけてみせたが、しかし最後にもうひとこと‘わかんない’ことをつけ加えた。「それと惑香…」「なによ?」「あの男は…とにかくピュアだよ。あなたに対して」という意味深なひとことを。