世界最後の朝を君と
ベッドから降りた私は、さっき店長の頬を押した右の手の平を開いて見る。
昨日からお互い普通に触り合っていたけど、本来なら店長は幽霊。触れることなど絶対にできないはず、とふと思ったからだ。
「あの、店長」
「何だね」
大きく伸びをしながらあくび混じりに返事をする店長。
「店長って、その、幽霊じゃないですか。どうして私は店長に触れられるんですか?」
目尻に涙を溜めた店長は「あ?」と低い声で言う。
「幽霊だからって触れねえなんて誰が決めたんだよ。ほら、よくあるだろ?肩を叩かれて後ろ振り返ったら超ロングの黒髪の女が立ってる的な」
「それ何の映画ですか」
「ま、細かい事は気にすんなよ。こんな事出来るのも今の内だけだしよ」
店長はカエルの様にぴょんとベッドから飛び降りると、私の卓上に無造作に置いてあったシャープペンと数学のノートを手に取り、「ポルダーガイスト!」と叫びながら掲げる。
「もう、子供ですか」
「いいやこう見えて立派な20歳だ」
白い歯を見せる店長を尻目に私は大きなため息を一つつく。
「こんな20歳嫌だなあ」
「俺もお前みたいなまな板JKヤだわ」
「は!? 最低!! Bはありますぅ」
すっかり頭に血が上った私は、店長に枕を思い切り投げつける。
「Bの主張かよ! 虚しいぞ!」
ヒュンと音を立てて飛んだ枕を華麗にかわし、ケラケラと目を細めて笑う店長。
私の投げた枕はそのまま壁に掛かっている鏡に衝突し、その拍子に鏡が垂直に落ちる。
鏡が落下した際にぶつかったらしく、真下のキャビネットに置いてある花瓶が、グラッと揺れる。
「あ」
「あ」
店長と私の声が綺麗に重なる。
私は反射的に足を踏み出す。そして、私がキャビネットに手を伸ばそうとした途端、踏み出した足がツルリと滑る。持っていたカメラを落とした時みたく、視界がぐるりと回転する。
「ちょっ、お前っ…!」
店長の焦った様な声が聞こえる。
あ、こういう時って本当にスローモーションになるんだ。
気が付いた時には、既に、私の体は既に床で仰向けに倒れていて、ぶつけたらしい腰が、骨の奥からじんじんと痛む。
どうやら、ベッドからはみ出たブランケットの裾を踏んづけたらしい。
花瓶はバランスを崩し、キャビネットから弧を描きながら落下する。
パリン、と乾いた音が耳に入ってきた時には、花瓶の後を追うように、鏡が落下していた。
「うわ、やば…痛っ!」
慌てて体を起こそうとした時、勢い良く腕がテーブルにぶつかり、激痛が走る。
テーブルはガンと大きな音を立て、その拍子に、テーブルに置いてあった空のグラスが床に落下する。
ガシャンとグラスの割れる音が鳴ったのと同時にお母さんが部屋の戸を開ける。
「咲希! アンタ昨日からちょっとうるさ…って!」
お母さんは部屋の様子を一目見るなり、顔をみるみる青くする。
当たり前だ。床には溢れた牛乳の様に飛び散った花瓶とグラスの破片、横向きになったテーブル、壁にかけられていた鏡も床に張り付いたように落ちている。そして私はベッドの足元で仰向けで倒れているのだ。泥棒に荒らされた直後の様に散らかった部屋を一目見たお母さんは、目と口を大きく開けて、突っ立っている。
「ち、違うの! これは…!」
しどろもどろになりながら立ち上がり、言い訳しようとする私を一喝する様にお母さんが私の名前を静かに呼ぶ。
「咲希…」
「はい」
無意識に背筋が伸びる。
嫌な沈黙が流れる。嵐の前の静けさの様だ。
もうこうなったら言い訳も言い逃れも出来ない。
私は覚悟を決め、強く瞼を閉じた。
昨日からお互い普通に触り合っていたけど、本来なら店長は幽霊。触れることなど絶対にできないはず、とふと思ったからだ。
「あの、店長」
「何だね」
大きく伸びをしながらあくび混じりに返事をする店長。
「店長って、その、幽霊じゃないですか。どうして私は店長に触れられるんですか?」
目尻に涙を溜めた店長は「あ?」と低い声で言う。
「幽霊だからって触れねえなんて誰が決めたんだよ。ほら、よくあるだろ?肩を叩かれて後ろ振り返ったら超ロングの黒髪の女が立ってる的な」
「それ何の映画ですか」
「ま、細かい事は気にすんなよ。こんな事出来るのも今の内だけだしよ」
店長はカエルの様にぴょんとベッドから飛び降りると、私の卓上に無造作に置いてあったシャープペンと数学のノートを手に取り、「ポルダーガイスト!」と叫びながら掲げる。
「もう、子供ですか」
「いいやこう見えて立派な20歳だ」
白い歯を見せる店長を尻目に私は大きなため息を一つつく。
「こんな20歳嫌だなあ」
「俺もお前みたいなまな板JKヤだわ」
「は!? 最低!! Bはありますぅ」
すっかり頭に血が上った私は、店長に枕を思い切り投げつける。
「Bの主張かよ! 虚しいぞ!」
ヒュンと音を立てて飛んだ枕を華麗にかわし、ケラケラと目を細めて笑う店長。
私の投げた枕はそのまま壁に掛かっている鏡に衝突し、その拍子に鏡が垂直に落ちる。
鏡が落下した際にぶつかったらしく、真下のキャビネットに置いてある花瓶が、グラッと揺れる。
「あ」
「あ」
店長と私の声が綺麗に重なる。
私は反射的に足を踏み出す。そして、私がキャビネットに手を伸ばそうとした途端、踏み出した足がツルリと滑る。持っていたカメラを落とした時みたく、視界がぐるりと回転する。
「ちょっ、お前っ…!」
店長の焦った様な声が聞こえる。
あ、こういう時って本当にスローモーションになるんだ。
気が付いた時には、既に、私の体は既に床で仰向けに倒れていて、ぶつけたらしい腰が、骨の奥からじんじんと痛む。
どうやら、ベッドからはみ出たブランケットの裾を踏んづけたらしい。
花瓶はバランスを崩し、キャビネットから弧を描きながら落下する。
パリン、と乾いた音が耳に入ってきた時には、花瓶の後を追うように、鏡が落下していた。
「うわ、やば…痛っ!」
慌てて体を起こそうとした時、勢い良く腕がテーブルにぶつかり、激痛が走る。
テーブルはガンと大きな音を立て、その拍子に、テーブルに置いてあった空のグラスが床に落下する。
ガシャンとグラスの割れる音が鳴ったのと同時にお母さんが部屋の戸を開ける。
「咲希! アンタ昨日からちょっとうるさ…って!」
お母さんは部屋の様子を一目見るなり、顔をみるみる青くする。
当たり前だ。床には溢れた牛乳の様に飛び散った花瓶とグラスの破片、横向きになったテーブル、壁にかけられていた鏡も床に張り付いたように落ちている。そして私はベッドの足元で仰向けで倒れているのだ。泥棒に荒らされた直後の様に散らかった部屋を一目見たお母さんは、目と口を大きく開けて、突っ立っている。
「ち、違うの! これは…!」
しどろもどろになりながら立ち上がり、言い訳しようとする私を一喝する様にお母さんが私の名前を静かに呼ぶ。
「咲希…」
「はい」
無意識に背筋が伸びる。
嫌な沈黙が流れる。嵐の前の静けさの様だ。
もうこうなったら言い訳も言い逃れも出来ない。
私は覚悟を決め、強く瞼を閉じた。