世界最後の朝を君と
30分後。
私と店長は通学路を肩を並べて歩いている。
「いやぁ~、アレは焦るわ。寿命縮まったわ。死んでるけど」
私の隣を歩く店長は、はははと呑気に笑う。
「ははは、じゃないですよ! 元はといえばあなたのせいでしょ!?」
私はべしっと店長の肩を平手打ちするが、店長は「はいはい、わりぃわりぃ」と微塵も悪びれる様子は無い。
はぁ、とため息をひとつつき、私はさっきの出来事を思い出す。
それは遡ること30分前。
「咲希…」
すっかり怯えきって、小動物のように縮まる私。
ビクビクしながら瞼を閉じたが、お母さんの口から出てきた言葉は想定外だった。
「…ごめんね」
「は?」
「は?」
私と店長が同時に声を上げる。
ぱちりと瞼を開け、顔を上げると、そこには今にも泣きそうな顔をしたお母さんの顔があった。
「昨日から…何かおかしいと思ってたけど…本当だったのね…」
ぽかんと口を開ける店長と私。
「え、いや、あの、ちょっと、まっ…」
「昨日の夜からよね。我慢させて、ごめんね」
もしかして、店長の事がバレた…?
お母さんの手が、私の頭に伸びる。
「咲希は昔から優しい子だもんね。心配かけたくないからって、我慢してたんでしょう?」
「は? なんの事?」と私は平然を振る舞い、お母さんの手を払う。
「昨日から、幽霊が居るんでしょう。鏡が勝手に落ちたり、机がひっくり返ったり、咲希が悪夢に魘されて、ベッドから落ちたり」
心臓が強くドクンと跳ねる。
やっぱり!!
バレてた!!
「えっ! いやいや! 全然幽霊とかじゃないから! 全然!」
つい、声のボリュームが大きくなってしまった。
「本当に大丈夫だから! ね! これはカナブンを捕まえようとしたら転んで、床にクモがいたからびっくりしてこうなっただけだから!」
「ゴキブリにカナブン、クモって、お前の家、虫屋敷かよ」
そう笑い混じりにツッコんだのはお母さんの後ろに立つ店長だった。
誰のせいでこうなってると思ってんだよ!!!
そう罵ってやりたかったが、とりあえず無視して、お母さんを説得することに専念する。
後で絶対、殴ってやろう。
「でも…今日起きたら、食器棚が空いてたのよ。お父さんは、昨日の夜、キッチンから、水道から水が出る音を聞いたって」
あ、詰んだ。
その犯人、お母さんの後ろにいます。
店長の馬鹿…何で食器棚閉めないの…。
「え? 気のせいじゃない? 棚はお母さんが閉め忘れただけだって!」
「そんなはずないわ。ちゃんと閉めたし…」
「そう? じゃあ、隙間風のせいかもね!」
「うーん。でも念の為、神主さん呼んで、お祓いしてもらいましょう」
「それは絶対ダメ!!」
「それは絶対ダメだ!!」
再び私と店長の声が重なる。
思わず、声を荒げてしまった。
私はハッとして、お母さんを見る。
お母さんは少し驚いた顔を見せ、「急にどうしたの」と言う。
ど、どうしよう。
助けを求めるように、チラリと店長の顔に目をやる。
店長は「え、俺?」と目を丸くして自分を指差した後、「んー」と腕を組み、「…金がかかる、とか?」と、ぽつりと呟く。
「ほら、だってお金かかるじゃん! あ、お母さん、北海道行きたいって言ってたじゃん。お金貯めなきゃ!」
「咲希…北海道行きたいって言ったの、覚えてたのね」
涙目になるお母さん。
よし!
いい感じ!
このまま押し切る!
「ね? 大丈夫だから。もう少しして、まだ変な事が起きるようだったら、お祓いしてもらおう?」
「…そうね。このくらいでお祓いなんて、馬鹿馬鹿しいわよね」
ふふっと笑いをこぼすお母さんにつられて、私も笑顔になる。
「そうそう。馬鹿馬鹿しい!」
「そうね。じゃあ、朝ご飯の準備出来てるから、下降りてきなさい」
「はーい」
一件落着!
私は、ニコニコしながら立ち上がる。
ふと店長と目が合うと、店長は「やるじゃん」と親指を立てる。
私は心の中で「まあね」と返し、店長にウインクをする。
「あ、あと、あの割れた花瓶とグラス代は咲希のお小遣いから引いとくわね」
「そうそ…え?」
リビングに向かう足をピタリと止める。
今、何て?
私は笑顔を顔に貼り付けたまま、聞き返す。
「だって、咲希が虫を追っかけまわして割ったんでしょう? ホント、もう、昔からどんくさいんだから…」
私の顔から笑顔が消える。
「2つで4000円くらいかしらね」と呟きながら部屋を出るお母さんの背中を見つめながら、私は「詰んだ…」とボソッと呟いた。
私と店長は通学路を肩を並べて歩いている。
「いやぁ~、アレは焦るわ。寿命縮まったわ。死んでるけど」
私の隣を歩く店長は、はははと呑気に笑う。
「ははは、じゃないですよ! 元はといえばあなたのせいでしょ!?」
私はべしっと店長の肩を平手打ちするが、店長は「はいはい、わりぃわりぃ」と微塵も悪びれる様子は無い。
はぁ、とため息をひとつつき、私はさっきの出来事を思い出す。
それは遡ること30分前。
「咲希…」
すっかり怯えきって、小動物のように縮まる私。
ビクビクしながら瞼を閉じたが、お母さんの口から出てきた言葉は想定外だった。
「…ごめんね」
「は?」
「は?」
私と店長が同時に声を上げる。
ぱちりと瞼を開け、顔を上げると、そこには今にも泣きそうな顔をしたお母さんの顔があった。
「昨日から…何かおかしいと思ってたけど…本当だったのね…」
ぽかんと口を開ける店長と私。
「え、いや、あの、ちょっと、まっ…」
「昨日の夜からよね。我慢させて、ごめんね」
もしかして、店長の事がバレた…?
お母さんの手が、私の頭に伸びる。
「咲希は昔から優しい子だもんね。心配かけたくないからって、我慢してたんでしょう?」
「は? なんの事?」と私は平然を振る舞い、お母さんの手を払う。
「昨日から、幽霊が居るんでしょう。鏡が勝手に落ちたり、机がひっくり返ったり、咲希が悪夢に魘されて、ベッドから落ちたり」
心臓が強くドクンと跳ねる。
やっぱり!!
バレてた!!
「えっ! いやいや! 全然幽霊とかじゃないから! 全然!」
つい、声のボリュームが大きくなってしまった。
「本当に大丈夫だから! ね! これはカナブンを捕まえようとしたら転んで、床にクモがいたからびっくりしてこうなっただけだから!」
「ゴキブリにカナブン、クモって、お前の家、虫屋敷かよ」
そう笑い混じりにツッコんだのはお母さんの後ろに立つ店長だった。
誰のせいでこうなってると思ってんだよ!!!
そう罵ってやりたかったが、とりあえず無視して、お母さんを説得することに専念する。
後で絶対、殴ってやろう。
「でも…今日起きたら、食器棚が空いてたのよ。お父さんは、昨日の夜、キッチンから、水道から水が出る音を聞いたって」
あ、詰んだ。
その犯人、お母さんの後ろにいます。
店長の馬鹿…何で食器棚閉めないの…。
「え? 気のせいじゃない? 棚はお母さんが閉め忘れただけだって!」
「そんなはずないわ。ちゃんと閉めたし…」
「そう? じゃあ、隙間風のせいかもね!」
「うーん。でも念の為、神主さん呼んで、お祓いしてもらいましょう」
「それは絶対ダメ!!」
「それは絶対ダメだ!!」
再び私と店長の声が重なる。
思わず、声を荒げてしまった。
私はハッとして、お母さんを見る。
お母さんは少し驚いた顔を見せ、「急にどうしたの」と言う。
ど、どうしよう。
助けを求めるように、チラリと店長の顔に目をやる。
店長は「え、俺?」と目を丸くして自分を指差した後、「んー」と腕を組み、「…金がかかる、とか?」と、ぽつりと呟く。
「ほら、だってお金かかるじゃん! あ、お母さん、北海道行きたいって言ってたじゃん。お金貯めなきゃ!」
「咲希…北海道行きたいって言ったの、覚えてたのね」
涙目になるお母さん。
よし!
いい感じ!
このまま押し切る!
「ね? 大丈夫だから。もう少しして、まだ変な事が起きるようだったら、お祓いしてもらおう?」
「…そうね。このくらいでお祓いなんて、馬鹿馬鹿しいわよね」
ふふっと笑いをこぼすお母さんにつられて、私も笑顔になる。
「そうそう。馬鹿馬鹿しい!」
「そうね。じゃあ、朝ご飯の準備出来てるから、下降りてきなさい」
「はーい」
一件落着!
私は、ニコニコしながら立ち上がる。
ふと店長と目が合うと、店長は「やるじゃん」と親指を立てる。
私は心の中で「まあね」と返し、店長にウインクをする。
「あ、あと、あの割れた花瓶とグラス代は咲希のお小遣いから引いとくわね」
「そうそ…え?」
リビングに向かう足をピタリと止める。
今、何て?
私は笑顔を顔に貼り付けたまま、聞き返す。
「だって、咲希が虫を追っかけまわして割ったんでしょう? ホント、もう、昔からどんくさいんだから…」
私の顔から笑顔が消える。
「2つで4000円くらいかしらね」と呟きながら部屋を出るお母さんの背中を見つめながら、私は「詰んだ…」とボソッと呟いた。