世界最後の朝を君と
「ん〜! やっぱここの豚骨、最高〜!」

みな美は一口ラーメンを啜ると、目を細めて、足をバタバタさせる。

カウンター席に並んで座った私達は、日本で一番美味しい豚骨ラーメン(みな美曰く)を食べている。

もちもちで歯応えの良い太めの麺と、濃厚な豚骨スープが口の中で混ざり合って、思わず「おいしー!」と言葉が漏れる。

半分くらい食べ終わった辺りで、みな美が口を開く。

「実はね、あそこにいるイケメンがラーメン作ってるんだよ」

みな美は奥のテーブル席に唐揚げを運んでいる、若い男の店員を指差す。

短髪で体つきが良く、自分より2、3個年上に見える。

「それにあの人、この店の店長なんだよ」
 
私が思わずえっ!? と声を上げる。

「凄いよねー。多分私達と3歳くらいしか違わないのに。病気で早く亡くなった親父さんのお店を継いだんだって」

妙に店長さんに詳しいみな美。

「めっちゃ詳しいじゃん」と私がツッコむと、

「あったり前! もう私、ここ来るの10回目だもん。あの人の笑顔見てると、元気出てくるんだよねー」

と得意気な顔で餃子をかじる。

「確かに。みな美が好きそうな顔だわ」
「えー! 何それ! 面食いって事ー?」

二人で顔を見合わせて笑った、その時。

バン! と後方で固いものが床に落ちる音がした。その数秒後、ドサッと重い荷物が床に落ちた様な音が聞こえた。

みな美も箸を持つ手を止め、振り返る。

「…え」

先に声を上げたのはみな美だった。

なぜなら後ろに立つマスクと黒いフードを被った男は先端が赤く染まったナイフを持っていて、彼の足元にはさっきの店長さんが、お腹から血を流しうつ伏せに倒れているからだ。

男はナイフを持ったまま、走って店を出て行った。

「き、きゃあああああっ!!!」

一人の女性が叫び声を上げると、止まっていた時が突然動き出した様に、周りの客も叫び声を上げ始める。

「刺し逃げだ!」
「早く警察と救急車を!」
「おい! お絞り全部持ってこい!」

店は悲鳴と叫ぶ声と血の匂いで充満している。

目の前で力無く床に寝そべる店長さんに、大量のお絞りで止血しようとする店員や客を、私は呆然と眺めている。

怖くて、怖くて、悲鳴を上げたいけど、喉の奥に、何かが詰まったように、声が出ない。

段々息が荒くなって、心臓がバクバクと激しく動いているのが自分でも分かる。

目の前が、白黒にチカチカと点滅して、頭の中で鉛を左右に動かされている様にぐらぐらする。

そして、ガクンと力が一気に抜けた。

私は気がついたら床で、みな美の胸の中で抱きかかえられていた。

「咲希っ! 咲希っ!」

私の肩を両手で掴んで揺さぶるみな美。

あぁ、私、倒れたんだ。

みな美の泣き出しそうな顔をぼーっと見つめながら、私の意識は薄れていった。
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