一葉恋慕

知事閣下夫人の座を蹴る

「そは(小説を書くことは)女のすべきことか、我は女なり、女なり」という一葉が一時残した言葉と、今に残るかっての婚約者渋谷一郎との逸話である。その渋谷というのは若い頃樋口家の食客で、父が指名した一葉への許婚者、即ち入り婿になる筈の者だったが、その父正義の没落を見て婚約を解消したのだった。しかし後に県知事まで出世した彼が改めて求婚を申し出た時に(養子ではなく、である)小説家への道などに拘泥せずそれを受諾していれば彼女は女としての幸せをつかめた筈だった。もとより母お滝も常々その手のことを望み、すればその母を、また妹邦子をも楽にしてあげられたのかも知れない。しかしであるにも拘らず彼女はそうしなかった。さなぎが蝶になるのを止められないように、苦労の道、棘の道と判っていても本業本懐に生きずにはおれなかった。更に云えば彼女は身以て「もの申したかった」のだろう。即ち世に人に、彼女の今の言葉で云えば「抗いたい」、引いては「人の真の身上と本懐」を示したかったのに違いない。しかし後者については未だ霧の彼方で、今はもっぱら前者、抗いと実に強いうっ屈、それしかなかったかも知れない(そしてそれは私も全く同じだった)。前記のごとく母と妹を何とか楽にしたい、更には樋口家を再興したい、又自らの歌塾を開きたいなどという強い願いがあったにも拘らず、肝心の金が、資金がなかった。偶々新聞で目にした株というものに素人の憧れから(無理もあるまいが)久佐賀を訪ねたはいいが体よく「妾になれば云々」と身体を要求されたわけである。金は欲しい、しかし妾となれば自分が常々「うもれ木」や日記に認めて来たことは一体どうなるのか。人に、いや自らに対して申し開きが立たない等等、どうにもならない強いうっ屈に沈まざるを得なかったのである。しかしそれであるならば尚更渋谷県知事閣下夫人になればいいではないかと人は思うだろうが、「埋もれ木」のお蝶が、「にごりえ」のお力がそれをさせなかったのだ。
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