一葉恋慕
一葉と文学を語れること程嬉しいことはない
この一葉と、文学を語れることほど私にとって嬉しいことはまたとないのだ。それこそ夜が更けるまで語り合っていたい。目は口ほどにと云うが、そう口にせずとも私の目がそれを彼女に語っていることだろう。更になお嬉しいことにはその一葉自身の目も、表情も「ではどうぞ、語り合いましょう」と云ってくれているがごとしなのである。それはちょうどこの出会いの当初から私が欲していた、図っていた、共有を、彼女もしたがっているとも取れるのだった。もしそうなら、これほどの果報があろうか…。しかしとは云うものの、実のところ本当にどうなっているのだろう?この出会いの筋書きと顛末のほどは(もしあれば、の話だが)。そして彼女の心の内は。斯く云うわけは始めの邂逅以来ただの一度でもこの超常状態、すなわち本郷から大森への一瞬の内の移動を、その真偽のほどを、確かめたいとか、早く家に戻りたいとかのことを彼女はいっさい口にしていないのだ。いったい何故なのか?聞きたくもあったがしかしそれも出来ずにいた。この奇跡の演出家に対してそれは背任行為にあたると思うからだが、だがそれにしても老婆心を起こさざるを得ない。母上のお滝さん、妹の邦子さんは今頃どうしておられるのか。心配していはしまいかなどとつい思ってしまう。それを云おうか、もし失念しているのなら気づかせてあげようか…実に悩ましいところだった。ただ、こちらも不思議なのだがひょっとして一葉がこちらの世界に、すなわち彼女の時代から数えて108年後のこの現代社会に、このまま止まってしまうのではないかと心配する気は全然起きなかったのだ。なぜかそれは決してあり得ない気がする。何かの気ひとつで、例えば今にでも彼女はすっと消えて、帰ってしまうことだろう。不思議と確信があるのだった。