阿漕の浦奇談

御昇天、随行つかまつります!

「堀河!すまぬ、あいすまぬ…そなたをひとり置いて…ま、まろは。不憫じゃ、そなたが不憫じゃ。かく疎外された身であっては、そなたの行く末をはかることも…あわれ…やな」最後の語尾を涙と無念のうちにつぶすような悲痛な璋子の声である。自分につかえきってくれた堀河、その老後の行く末を思って手を尽くしたが、(得子)呪詛の君の女房と慮っては誰も応じようとはしなかった。しかしいずれ得子一派の憤慨もおさまろう、それを待ってからでもと思ううちにみずからの崩御を迎えてしまったのだった。この古女房の行く末を思ってはこらえきれずに涙の堰を切る璋子。いまはすっかり人の本懐に立ち返り、五節の舞いの折りの驕りや復仇、身にまとった六道の蛇の影などあとかたもない。よし、ここぞとばかり西行が「鳥羽上皇、堀河女御のこと、いずれも必ず拙僧が引導つかまつります。お約束いたします。されば、いまは心置きなく、あれなる御国へと昇り参らせたまえ。いざ、璋子様、御昇天随行つかまつります!」と、かつて若かりしときに頼まれながらも果せなかった引導をわたせる嬉しさに、璋子昇天を果たせる嬉しさに、勇躍西方浄土へと璋子をいざなうのだった。見れば確かに西方の上空の一点、まばゆいばかりの光があらわれ、そこからはえも云われぬ芳香と、おだやかで絶妙なる楽の音が、七色の虹となって響きわたってくるのだった。なんとも云えぬ懐旧と故郷へ帰るがごとき思慕が璋子の胸をおそいくる。文字どおり引き寄せられるがごとく西行とともに身が浮き上がったと思われた刹那、しかし…「あじなきや(なさけないことだ)、子らを見捨てて行く人かな」という決めつけるような男の太い声が璋子の耳をついた。続いて足下の六つの業火より「おたあ様」「はは君様」という幼子から成人にいたるわが子と思しきそれぞれの声がつたわって来た。稚児のままに逝かせた二宮はじめ皇子皇女らが業火の主と知れるや「通仁!君仁!」と、たちまち半狂乱のさまで足下の闇に、地にもどる璋子であった。
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