阿漕の浦奇談
永遠の追いかけごっこ
俗世の身の落飾ではない心の、まことの落飾を見とどけた西行は「なんの、この西行拙なければともにみ仏のもとに参らすまで」と応じ、さらに「皇子皇女様らを恋しく思われるのなら、璋子様の御昇天こそがまず肝要でございます。そこにこそ御子様らの魂はおはしまして、璋子様をお待ちしているはず。これより参りますその御国のみならず、輪廻転生またの世までも、この西行御随行つかまつるほどに、いざや、璋子様…」と璋子の手を引くのだった。それに大きく、また清々しくうなずく璋子。さても再びの昇天と思いきやしかし西行は、ここでなにかの啓示を天から受けたかのごとくに一瞬間をおいて、ついで空の一角をさし示した「璋子様、彼処を御覧ぜよ」と璋子の目を誘う。 するといかなる神わざか虚空に開いた先ほどの浄光の一点が光を増して行き、西方の空が明るんだと見るや、なんとそこにいま一組の西行法師と待賢門院璋子の法束姿が現れた。それを仰ぐこちらの二人の生き写しと見えなくもないが西行はともかく、彼方の璋子にはこちらとは別格の趣きが備わっている。何と云うべきか「永遠の相」が感じられるのだ。つまり…「魂」の相が。あたかも西行同様に悟りを開いたかのごとき泰然自若とした風情以てこちらの璋子を見詰めている。
場違いだが彼のモナ・リザのごとき笑み以て、である。一方自分の永遠の相を観じたこちらの璋子の涙がなにがしか別のものへと変わったようだ。もはや変わることのない、侵されることのない、真の魂の安寧とやすらぎを一瞬間でも感得したのであろう。永遠の、真の自分との邂逅への嬉しさに、璋子の涙が、光る…。
「璋子様、お体からさらにいま一体のあなたが‘今’、離れたようです。私の想念にもいまだ宿していた義清めの体ともども、身のほど知らずにもあれなるあなた様とわたしめを追いかけ始める様子…」とかたわらの西行が云う。いまだ頭のみ、自分の都合と想念のみで法身の理想を求めていた俗世時の自分が乖離したのを璋子も感じ取った。と、その乖離した璋子と義清が彼方の虚空にかつての俗世姿のままで現出化して、法身の西行と璋子を追いかけ始める。しかし法身の西行と璋子は逃げ、追う俗世の義清と璋子との距離は縮まるようでなかなか縮まらない。あたかも永遠の追いかけごっこをしているがごとしである。
場違いだが彼のモナ・リザのごとき笑み以て、である。一方自分の永遠の相を観じたこちらの璋子の涙がなにがしか別のものへと変わったようだ。もはや変わることのない、侵されることのない、真の魂の安寧とやすらぎを一瞬間でも感得したのであろう。永遠の、真の自分との邂逅への嬉しさに、璋子の涙が、光る…。
「璋子様、お体からさらにいま一体のあなたが‘今’、離れたようです。私の想念にもいまだ宿していた義清めの体ともども、身のほど知らずにもあれなるあなた様とわたしめを追いかけ始める様子…」とかたわらの西行が云う。いまだ頭のみ、自分の都合と想念のみで法身の理想を求めていた俗世時の自分が乖離したのを璋子も感じ取った。と、その乖離した璋子と義清が彼方の虚空にかつての俗世姿のままで現出化して、法身の西行と璋子を追いかけ始める。しかし法身の西行と璋子は逃げ、追う俗世の義清と璋子との距離は縮まるようでなかなか縮まらない。あたかも永遠の追いかけごっこをしているがごとしである。