過去の精算
ママは、気が変わらないならと、東京のお店の名前を書いたメモをカウンターの上に置いた。
お礼を言ってそのメモへ手を伸ばそうとすると、何故か、舞さんはそのメモの上に手を置いた。
まるで、私に渡さないと言う様に。
「本当にそれで良いの?
でも、いくら貴女が良くても、何処へ逃げても、彼は心配して追いかけて来るわよ?」と舞さんは、まるで確信してるかの様に言う。
前谷君が追いかける…?
それは無いと、私は首をふる。
「あったとしても、それは心配とかで無く、彼自身の欲の為です」
彼が心配してるのは、私の事ではなく、私が財産放棄の書類にサインしてない為の心配だ。
あの人の財産なんていらないのに…
「そうね?
彼の欲の為ね?
愛する貴女を手放したく無いと言う欲」だと、舞さんは言う。
違う!違う!
彼は私を愛してなんか無い!
愛して無いから…
あんな酷い事も出来るのよ!
私は自ら事務長のウイスキーをグラスへ、なみなみと注ぎ、一気に喉へと流し込む。
だが、ウイスキーは乾いてる喉を熱く流れはするけど、乾ききってる心を熱くも潤すこともしない。
「疲れて眠る貴女を、顔だけでもと毎日見に来てても、心配して無いって言える?」と舞さんが驚く事を言った。
え!
彼が来てる?
それも私が眠ってる間に?
「どういう事ですか!?」
何度かママや舞さんと飲んで、私が潰れてカウンターで眠ってしまった時、奥のソファーまで彼が私を運んだ事があるとママ達は言う。
確かに、知らないうちに控え室のソファーへ移動してた事が何度かあって、不思議に思った事はある。
でもそれは、飲み過ぎて覚えてないからだと思ってた。
まさか…
その上ママは、合鍵を彼へ渡してると言う。
本当に…?
彼が私を…
もし…それが本当なら…
「どちらにしても、一度彼と話した方が良いわ?」
「でも…」
もし、ママや舞さんが思ってる事が間違って居たら…
今度こそ、私は立ち直れなくなる。