過去の精算

医師が、手術室へ入る前の前室へと私は向かった。
前室とは手術を行う医師や機械だしなどで、手術へ参加する医師や看護師が手指を消毒するための手洗い場となっていて、ここで消毒した後、グローブやガウンを着用する。その為、関係者以外絶対に入る事は許されない。それがどんな事情でもだ。勿論、私も例外では無い。

前室の近くまで行くと、男女の英語での会話が聞こえて来た。聞き覚えのある男性の声に覗くと、手術着を着た彼と、ブランドのショートカットの女性が居た。
女性は彼の首へ腕を回し、今、正にキスをしようとして居るところだった。
蘇る記憶。
医師になった彼と始めて会ったあの時…
この同じ場所で彼と看護師との…

「カズ、愛してる…」

「止めろ!
こう言う事は、もう止めろ!」

「あれだけ性欲の強かった人が何言ってるの?
私をニューヨークから呼んだのも、この為だったんでしょう?
大きなオペの後は、必ずこうしてたもんね?」

彼女は誰?
ニューヨークから呼んだ…彼が?
だから…私との事を…

理由を知ってしまった私は、堪えていた負の感情が溢れて来た。
悔しさ、悲しみ、そして…怒り…
だが、これが事実なら、仕方ない事…
何も声掛けずに立ち去ろうと思った矢先、背後から近寄る何者かに、突然口を塞がれてしまった。
驚き、抵抗しようと思ったら、その人物は手術着を着た外国人だった。
そして、彼は “ シー ” と言って微笑んだ。

誰?

「Is there no noise?」と言う彼に頷くと、彼は手を離してくれた。

そして「Aren't you so bad?」と、言った。

「覗きなんてしてない!!」

「未琴?」

思ったより声が大きかったようで、直ぐに自分の口を塞いだが時既に遅く、離れていた前谷君達に気づかれてしまった。

「どうしてここに?」

彼の質問に、私の代わりに外国人の彼が答えた。

「カズとアンジェラの事、覗いてたんだよね?」と流暢な日本語で外国人の彼が答えた。

え?
日本語喋れるの?




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