過去の精算
高校1年の夏休み
なんの部活動にも入っていないのに、私は毎日朝早くから学校へ登校していた。
それは、少しでも電気代の節約になればとの思いがあったからだ。
そして、クーラーの効いた図書室で、一人夢を叶える為勉強していた。
「木村さんって、いつも熱心に勉強してるよね?」
嘘っ…
「・・・・・」
前谷君…どうして?
「あれ、木村さんだよね?
名前違った?
僕の事知らない?
同じクラスの前谷だけど?」
知ってる。
学校で誰も知らない人は居ないもん。
ううん。この町で知らない人は誰も居ない。
彼は前谷総合病院の跡取り息子で、前谷 和臣。
今まで何度か、同じクラスになった事はある。
でも、私は一度も話した事はない。
彼は勉強だけじゃなく、スポーツも出来、見た目も良いから女子にとても人気で、そのうえ気さくなことから、男子にも人気がある。
私なんかが、とても近づける人ではなかった。
高校は隣町の進学校へ行くと、噂に聞いていたけど、入学式の時、新入生代表として挨拶するのを見て驚いた事を覚えている。
「隣いいかな?」
え?
他にも席空いてるのに…
「あ、あの…他にも席空いてますけど…?」
「ん? 迷惑なら離れるけど?」
「め…め、迷惑では…」
初めて話し、初めて側で見る前谷君を前に、恥ずかしさで言葉が思うように出てこず、私は俯いてしまっていた。
私達が話していると、遠く離れた所から、悲鳴にも似た声が聞こえて来ていたが、彼は何も気にする様子も無く、私の隣の椅子を引いた。
「じゃ、隣座るね?」
周りの視線が突き刺さる中、彼は私へ体を寄せ、私の参考書へと手を伸ばした。
「木村さんって、医者目指してるの?」
「え?」
「だってこれ、N医大の参考書でしょ?
僕も同じ物持ってるから」
「う、うん。
…両親の……希望なの」
「ご両親の…?
木村さんのお母さんって、うちの病院の看護師さんだよね?」
「うん…
お父さんがお医者さんだったの…」
「だったって・・・お父さんは?」
「私が生まれる前に亡くなったらしくて……私は顔も知らないけど、凄く良いお医者さんだったって、小さい頃からお母さんに話聞いてて、私もお父さんの様なお医者さんになろうと思って……
お金もかかるし、無謀だって事は分かってるけど、お母さんも応援してくれるから」
「そっか! 木村さんなら、きっと良い医者になれるよ?
あっそうだ!
医学部に行ってる親戚のお兄さんから貰った、良い参考書が有るから、今度貸してあげるよ?」
「ホント? 有難う」
その日から、平日は学校の図書室で、土日は町の図書館で、朝早くから一緒に勉強する様になった。
学校では、私達が付き合ってるのでは、との噂がたった事がある。
だが、そんな噂も直ぐに消えた。
大きな総合病院の跡取り息子と、父親が誰か分からない娘では、立場が違いすぎて有り得ない話だと言う事になったらしい。