過去の精算
もうすぐ目的地に到着という時に、彼は急ブレーキを踏んだ。
「キャッ! どうしたの?」
車を路肩に寄せた前谷君は、“ ちょっと、待ってろ ” と言って車を降りた。彼が向かうその先には、中年男性と小学生位の男の子が横たわり、そして男の子の側には自電車が倒れていた。
えっ!
事故?
私も慌てて往診鞄を持って、車を降り彼等に駆け寄った。
「えっ河辺さん?」
駆け寄ると、そこには商店街で花屋を営む河辺さんが額から血を流して倒れていた。私は自分の鞄からハンカチを出し、前谷君へ渡した。
「知り合いか?」
「うちの患者さんです!
河辺三郎さん、52歳。高血圧で当院に通院してます。
5年前脳出血で、3年前脳梗塞で倒れ、その後二度の痙攣で救急搬送されてます。
症候性てんかんの診断受けてます。
たしか、抗凝固薬と、レベチラセタムを服用してます!」
「やっぱりスゲーわ…」
「え?」
「いや、救急車の手配、それから病院に連絡!」
「はい!」
河辺さんは血液をサラサラにする、抗凝固薬を飲んでいるため、傷口を圧迫しても、なかなか出血が止まらない。
「先生!」
私は往診鞄から包帯を出し、前谷君に渡した。
その時、側で倒れていた男の子は、気がついた様で起き上がろうとしたのを、私は止めた。
「僕、そのまま動かないで!」
「先生!」
「あゝ、頼む!」
前谷君にペンライトを渡し、私は河辺さんの傷の圧迫を代わった。
前谷君は、男の子に名前と年齢を聞き、どこか痛い所は無いかと聞いて、瞳孔を確認した。
間も無くして救急車が到着し、河辺さんは救急隊によって救急車に乗せられた。
「君は一緒に救急車に乗れ!」
「えっ! でも先生が乗った方が?」
「俺は、自分の車でこの子供を連れて戻る!」
一見、擦り傷程度に見えるけど、この子も酷いのだろうか?
もしかしたら、脳出血してる…?
「心配するな。
念の為、検査する為に運ぶだけだ」
「分かりました。
じゃ、お願いします!」
頷く彼に、“ お気をつけて ” と言って、私は救急車に乗り込んだ。