さようなら、また夜に
カフェにはお洒落な音楽が流れ、
大人ぶって苦めのコーヒーを頼む。
「ヴァイオリン、やってるんだって?」
「やってたんだよ。
それで、1つ相談に乗ってほしくて。」
彼の顔から、愛想のいい笑顔が消えた。
「ずっと、ヴァイオリニストに
なりたかったんだ。」
彼の口から出た物語は、簡単に
同情できるようなものでもなかった。
彼が音楽を始めたのは、3歳。
初めはピアノだった。
5歳でヴァイオリンを始め、
8歳でコンクールで初めて入賞した。
中学校では部活に入らず、体育も見学、
ヴァイオリニストへの道を歩む...
はずだった。
高校に入ってすぐ。
彼の父が病気で倒れてから家計が急変、
レッスンを辞めヴァイオリンも売った。
音楽推薦で入ってしまったから、
音楽を辞めたことで学力を身につける
必要が出てきた。
今は、勉強に身を入れてる、と。
大まかに、そんな話だった。
私は言葉を絞り出した。
「大変、だったね。」
「急にこんな重い話、ごめん。
でも何故か、君にだけ話せたんだ。」
「ううん、こんな私でよければいつでも。」
「もう5時だ。
ごめんね、弟妹の世話しなきゃいけない。
誘っておいてごめん。」
「気にしないで。」
ただのクラスメイトが、こんな事情を
抱えてたとか、知らなかった。