希望の夢路
それから一ヶ月半が過ぎようとしていた。俺はあれ以来心愛と会うことはなかったのだが、街を歩いていると心愛を見かけた。元気そうだった。
驚かせようと、俺は心愛に近づいた。
心愛の方から見て左側に、俺は声もなくにゅっと心愛の目の前に立った。
しかし、なんの反応もない。
ん?見えてるはず、だよな?
俺は心愛の目の前に立っている。
そう、視界に入らないはずはない。
心愛の左側に立っていた俺は、嫌な予感がした。まさかー
俺は、心愛の右側に移動した。
「うわあ!」
心愛は驚いて二、三歩あとずさりした。
「と、智也?どうしたの?」
「心愛、お前…」
「なに?」
「俺、さっきから居たんだよ?心愛の目の前に」
「えっ?そうなの?気づかなかった」
やっぱり、そうだ。嘘じゃない。
普通なら気づく。
気づかないわけは、ないんだ。

「心愛、お前…」
心愛は目を丸くして首を傾げている。
「目が見えないのか」
心愛は、驚いて口を少し開いた。
「そ、そんなわけ…」
「俺は少し前から心愛の前に立っていたんだ。左側にな。けど、心愛はなんの反応も無かった。もしかして見えないのかなと思って右に移動したら、俺のことが見えたから驚いた。そうだろ?」
「そ、それは」
「右は見える。左は見えない」
「智也」
心愛の顔が、だんだんと不安げに曇っていく。
「違うか?」
心愛はこくりと頷いた。
「私ね、見えないんだって。左目」
「全くじゃないだろ?」
「全盲」
「ぜ、全盲…」
俺は絶句した。左目が、全く見えない?嘘だろ?嘘だ。嘘だよ、そんなこと。なあ、心愛。嘘だと言ってくれよ。
冗談だと笑ってくれよ。
「本当だよ。私、左目が…」
「心愛…」
なぜ笑う?なぜ笑っていられる?
悲しいくせに、なぜ泣かない?
悲しいけど、泣きたくても泣けないのか?俺の前では泣けない?
あいつの胸では、泣けるんだろうか。

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